ぱたぱたと手を振るヴィルヘルムは、やってられるかとあきれたように椅子にもたれた。
 重厚な椅子は、ヴィルヘルムが勢いよく倒れてもぴくりともしない。

「キスを」

 アルブレヒトは言った。

「キスをした」
「聞いてるよ。中庭の、婚約者同士の熱愛!正直お前をしばきたおしたいが、その様子だとシャルロットに嫌がられたか?」

 笑って言うヴィルヘルムは、しかし、アルブレヒトが沈黙を守るのを見て、「まじか」と目を見開いた。銀の髪をかき上げる。

「ええ……好きだって言ったんだろ?シャルロットもお前のことはまんざらでもないと思うんだか……」
「……ない」
「は」
「言って、ない」
「はあ?」

 おもえば、熱に浮かされて行った言葉の中でもそれ以外でも、好きだと──恋愛的な意味で──は言った記憶がなかった。
 ヴィルヘルムは、本気であきれた声を出した。

「いや、お前、お前、馬鹿なのか?」
「な……」
「悪いことは言わないから今すぐ行ってこい。俺のかわいいシャルロットは許してくれる!」