誠一さんは来月でパイロットの業務を辞め、社長を引き継ぐための準備期間に入るのだ。少し前から徐々にフライトの日を減らし、本社へ出向いたり勉強したりしていて、忙しい日々を過ごしている。

 社長になる決心はついていて、迷いがあるわけではないのだろう。ただ、自分の夢でもあった大好きな仕事から離れるのはやっぱり心残りがあるだろうし、その気持ちもよくわかる。

「それに、頭の中が事業のことや数字ばかりになっていくと忘れそうになる。空が好きだっていう単純な気持ちも、大切なところへ向かう人たちを一番に考える思いやりも。今の社長がうまくやれなかった理由もわかる気がするよ」

 声色が暗くなっていく彼は嘲笑を浮かべ、「こんな未練ったらしくてカッコ悪い自分は、芽衣子には見せたくなかったんだが」と呟いてウイスキーをひと口呷った。

 いきなり大企業のトップになって、しかも右肩下がりの経営を上向きにさせるという使命と重圧を背負うのだ。いくら優秀な彼でも大きな葛藤に苛まれるだろうし、モチベーションを保つのも大変に違いない。

 確かに誠一さんが弱音を吐くのは初めてだ。彼にとっては不本意かもしれないけれど、私はさらけ出してくれたことを嬉しく思うし、どうにかして支えたい。