「一年なんて言わず終身契約にしちゃえばいいのに。今すぐ。やっちゃえ芽衣子さん」
「そういうわけにも……」

 耳元でこそっと囁かれて、私は苦笑するしかなかった。

 職場の中で、郁代さんにだけは本当のことを話しているのだ。契約婚だと全員に隠しておけるほど、私はできた人間ではないから。彼女はこの通り面白がっているけれど、真実を知っている人がひとりいるだけで少し安心できる。

 先日ひっそりと結婚式を行い、私の上司と郁代さんを招待したので相手が誠一さんだというのは皆にも知られている。まったく浮いた話のなかった私が急に結婚して、しかも相手は日本アビエーションの御曹司なものだから、当初は結構な騒ぎになった。

 といっても、彼の会社のほうでは誠一さんが結婚したという事実しか知られていないだろう。結婚式にも、入籍してすぐに同伴した様々なパーティーにも、一般社員はいなかったから。

 ただ、パーティーにいらした誠一さんを狙っていたであろう異業種の女性陣の視線は痛かった。私はこういう役割なのだと割り切っていたから、問題なく耐えられたのでよかったけれど。

 そういう内緒話を、休憩中に郁代さんとするのが日課になっている。今日はターミナル内のカフェに行く約束をしていたので、仕事もいつもより捗った気がする。