彼が望んでいるなら、それに応えることで恩返しができるし、私の生きる意味にもなる。生活が一変する不安やためらいよりも、思いきって飛び込みたい気持ちが上回る。この思いはきっと、無視してはいけない。

「……はい。なります」

 とても自然に承諾すると、電話の向こうが一瞬静かになった気がした。数秒間沈黙が流れ、ついもう返事をしてしまったとはっとする。

「あっ、直接会って伝えようと思ってたのに……!」
《今、本心が素直に出たってことだろう? そのほうが嬉しい》

 クスッと笑った彼は、安堵が交ざったような穏やかな声で《これからよろしく》と言う。恥ずかしさでむず痒くなりつつ、私も「よろしくお願いします」と返し、誰も見ていないのに軽く頭を下げた。

 これで一応婚約者になったってことよね。私たちはお互いにメリットがあるからこうなっただけで、愛があるわけじゃない。けれど、たいした価値もない自分でも必要としてもらえるのは嬉しい。

《日本に帰ったら、一番に会いに行くよ》

 こんなふうに言ってくれる人がいることも。

 耳から胸の奥までくすぐられるような感覚を覚え、自然に笑みをこぼして「待ってます」と応えた。