「はい。柚谷です」
《こんばんは、芽衣子さん》

 機内アナウンスのようで、それよりも少し温かみが増した声が聞こえてきて胸が鳴る。耳元で名前を呼ばれているみたいでくすぐったい。

「こんばんは。どうしたんですか? そちらは今……」
《夜の十時。日本との時差は一時間くらいなんだ》

 それなら電話するのも苦じゃないよね、と納得した次の瞬間。

《寝る前に、芽衣子さんの声が聞きたくなって》

 シンプルな理由が告げられ、冷めたはずの身体が再び熱を帯びる。付き合ってるのかな?と勘違いしそうな蜜語に、思わずベランダの柵に手をかけてうなだれた。

「羽澄さんて、ほんっともう……」
《ん?》

 なんでこんなに甘いの、と心の中で呟いた。私をからかうためだけにわざわざ電話してくるような人だとは思えないし、本心なんだろうか。

 トクトクと軽やかに胸が鳴るのを感じつつ、気を取り直してたわいのない話をする。

 自分とはまったく違う経験をしてきた人だからこそ、彼の話を聞くのは楽しい。まだまだ知らない部分も多いし、いくらでも話していられそうだなと思うほど心地よさを感じる。

 そうして十分くらい経った頃、遠くから聞こえていたパトカーのサイレンが徐々に大きくなってきた。それは羽澄さんの耳にも入っているようで、怪訝そうな声で言う。