お風呂から上がり、火照った身体を少し冷ましたくてベランダに出てみた。今日は四月上旬にしては暖かい。桜もあっという間に満開になったのに、二階のここから見えるのは古びた建物ばかりだ。

 夜風に当たって昭和感漂う街を見下ろしていると、羽澄さんとデートした日の夜を思い出す。あの後、彼は一緒にタクシーに乗ってここまで送ってくれたのだが、降りたところで近くの居酒屋から酔っ払った男性数名が騒ぎながら出てきた。

 私にとってはいつものことなので特に気にしなかったものの、羽澄さんはやはり心配になったらしい。真顔で『俺のマンションに来なさい。今すぐ』と言われ、あたふたしながらお断りしたのだった。

 彼は庇護欲が高めで、きっと困っている人を放っておけないタイプなのだろう。父親を知らない私は、男性に守ってもらった経験はないに等しいから戸惑ってしまうけれど、すごく心強いとも思う。

 今頃シドニーにいるのか。時差はどのくらいだっけ、とぼんやり考えていると、ポケットに入れていたスマホが鳴り始めた。取り出してみて目を丸くする。

 ……羽澄さんから電話だ。なにこれ、テレパシー?

 乙女な発想をして急にドキドキしながら、一度咳払いをして通話ボタンをタップする。