「お疲れ様」

 聞き覚えのある声がして、私たちはそちらを振り仰ぐ。そこには見目麗しいパイロットが制帽の下に微笑みを覗かせていて、驚きで肩がビクッと跳ねた。

「羽澄さんっ!」
「えっ!?」

 郁代さんは名前を口にした私にも驚いたらしく、こちらにバッと顔を向けた。それもそのはず、私にパイロットの知り合いなんていなかったのだから。つい数日前まで。

 羽澄さんに会うのはあの日以来だ。連絡先を交換したのでメッセージのやり取りは結構しているけれど、実際に会うとまだ緊張してしまう。

 改めてビジュアルがよすぎるな……と、惚けそうになりつつ彼を見上げる。

「フライト前に芽衣子さんに会えるとは、幸先がいいな」
「奇遇ですね。今回はシドニーでしたっけ」
「ああ、明後日の夜に戻るよ」

 じっと目を見つめて告げられると、そわそわして落ち着かなくなる。彼がこのフライトから戻ったらまた会う約束をしていて、その時にはプロポーズの返事をしなければいけないから。

 人生の大きな分岐点に立たされて胃が痛くなりそうなのだが、まずはフライトが無事終わることを願い「お気をつけて」と返した。