あの機長が羽澄さんである可能性は低いけれど、この直感を無視できない。こんなふうになにかが気になって仕方ない感覚は久々だ。

 ロビーの椅子に座って待つこと数十分、同じ便に乗っていた人たちは皆いなくなっただろう。

 到着口をぼんやり眺めていたものの、来る気配がないのでふと目線を落とすと、隣の椅子が少しだけ汚れているのに気づいた。お菓子かジュース類をこぼしたのか、拭き残しのような感じで若干べとついている。

 私はすぐにバッグの中を漁り、ウェットティッシュを取り出した。それを使って、仕事の時と同じように丁寧に拭き取っていく。

 羽田空港は世界一綺麗な空港だと言われている。清掃員はパイロットやCA、グランドスタッフのような花形の職業ではないが、陰でしっかり支えている仕事なので誇りを持ってやっている。勤務中でなくてもこういう汚れは見過ごせないし、ゴミが落ちていたら拾う癖がついているのは職業柄なのだ。

 一応汚れは取れたけれど、専用のタオルでちゃんと拭きたいなと思っていた時、そばに誰かが近づいてきている気配を感じた。

「君が綺麗な理由がわかった気がするよ」

 コツコツと品よく鳴る靴音と、聞き覚えのある声に耳が反応する。ぱっと振り向いた瞬間、金の葉の刺繍がついた制帽を被り、誰をも魅了するような笑みを湛える男性を捉え、大きく目を見開いた。