確かに妃はそういった類の話をしないが、まったく恋をしたことがないとは。珍しいなとやや驚いていると、彼女はぱっと顔を上げて俺をまっすぐ見つめてくる。

「でも、羽澄さんに会って、初めての感情がいっぱい出てきたんです。褒められたい、可愛く見られたい、女性として意識してほしいって。……初めて、人を好きになったんです」

 妃が隠していた気持ちに気づき、目を見張る。彼女はかすかに頬を染めつつ、背筋を伸ばして告げる。

「パイロットとして教えてもらっていた時から、ずっとあなたが好きでした」

 わずかに震える声から、きっと勇気を振り絞ったのだろうと伝わってきた。

 妃からの好意は感じていたとはいえ、単なる機長への憧れのようなものだと思っていた。まさか恋だったとは驚くが、そう考えると納得できることもある。

「そうか、だからさっき芽衣子のもとへ行こうとした俺を引き止めたんだな」
「……はい。単純に嫌だったんです。すみません」
「じゃあ、バレンタインにくれたチョコも?」
「義理じゃないです。羽澄さんにしかあげていませんし」

 赤くなった顔をだんだん俯かせていく彼女は、誰がどう見ても可愛らしい女性だ。しかし、俺が心を動かされる人はたったひとりしかいない。