「いつかきっと、もう一度君にプロポーズをしに行く。俺が生涯で愛せるのは君しかいないんだ。許してくれ」

 眉を下げて微笑むと、見開いた彼女の綺麗な目にみるみる涙が浮かんでいく。

 俺がふたりで生きていくことを諦めて、ただ離婚を受け入れたわけじゃないのだと理解してほしい。そして自由の身になっても俺を忘れられないよう、呪縛のような言葉をかけておいた。

 別の人と幸せになれ、なんて願えるほどお人好しじゃないんだ。こんなに執着心の強い男だとは、芽衣子も知らなかっただろうな。

「あの〜、乗られますか?」

 今の俺たちの空気にそぐわない、運転手の戸惑い気味の声が割って入ってきた。時間切れだなと諦め、「いえ、すみません」と返す。

 するりと手を離して一步下がると、なにかを言いたげにする彼女を遮るように扉が閉まった。

 ほどなくして動き出すバスを、ひとつ息を吐いて見送る。最後に窓から見えた彼女は、名残惜しそうな表情でこちらをずっと見つめていた。