「素敵な人に出会えて本当によかった。梨衣子の幸せが私の幸せだから」

 彼女の細い腕にそっと触れて、嘘偽りのない言葉を告げた。自分の人生がたいしたものじゃなくても、この子が幸せに暮らしてくれるならそれでいい。

 梨衣子は一瞬真面目な顔になった後、ほんの少し憂いを帯びた笑みを浮かべる。

「……そうやって、芽衣ちゃんはいつも自分より私を優先してくれてたよね。小さい頃から、好物のケーキやお菓子を私に譲ってくれたりしたでしょ。私が専門学校に行くか働くかで悩んでた時は、『私は特に夢がないから、梨衣子が代わりに叶えてよ』なんてカッコつけて、学校に行かせてくれた」

 しんみりした調子で語られ、当時の記憶が蘇る。懐かしむ私に、彼女は申し訳なさそうに「たくさん我慢させてごめんね」と謝った。

 梨衣子がグラフィックデザイナーになりたがっているのには気づいていたから、母が残したお金は彼女の進学に使ってもらい、私は高校を卒業してすぐに就職した。その時に始めた羽田空港での清掃員の仕事は、今もずっと続けている。

 彼女に言ったのはカッコつけたわけじゃなく、本当にやりたいことが見つけられなかったのだ。いやむしろ、梨衣子との生活のために働くのが目標になっていたかもしれない。