20時――

『アマゾナのお宿』の入り口には『本日は閉店しました』と書かれた木製ドアプレートがぶら下げられている。
この事態を収拾する為に店内にいた客を全員追い出し、店を閉めたのである。

「……それで?」

私は腕組みすると自分の向かい側に坐らせたお騒がせな人間たちをじろりと端から端まで見渡した。

「何か真っ先に言いたい事がある奴はいるかい?」

『はいっ!』

するとその場にいた全員が一斉に右手を挙げた。そして言い争いになる。

「おいっ!? 何故お前ら皆手を挙げるんだっ!? 俺は一番の被害者だぞっ!?」

「何が被害者よっ! 私を見捨てて、さっさと国を出て行ったくせにっ!」

「僕だって話す権利はある! ジョセフィーヌ! 君は嫉妬に狂っているよ!」

「何が嫉妬に狂ってるよ! どいつもこいつもレベッカレベッカって! こうなったら、一番先に私があの子を見つけて監禁してやるわ!」

「何だってっ!? 駄目だっ! レベッカは私の妻にする予定なのだからっ!」

「何が妻だっ! この変態中年男めっ! 自分の年を考えろっ! いいかっ!? 私は貴様ら家族には絶対に娘のレベッカを渡さないからなっ! そしてジョセフィーヌッ! 可愛いレベッカを監禁だなんて、この父が許さないからなっ!」

「ねぇ! そんな事よりも私達はまず旅を続ける為には路銀をかせがなくちゃいけないのよっ!? それに働かないとウェイトレスの腕がなまるわ。折角その道の達人になるつもりなのに!」

「私はもう旅なんか続けたくないわ! レベッカの事なんかもう放っておきましょうよ!」

もう大騒ぎである。

そして腹立たしい事に彼らの怒鳴り合いを聞いているだけで、全員の人間関係がどういう状況なのか私は全て理解してしまった。
つまりうちの宿屋に宿泊しているのは1人はあのクズでろくでなしのレベッカの元夫のアレックス。そして兄と父親。彼らはおぞましい事に全員でレベッカを狙っている。
さらにアレックスをヒステリックに怒鳴りつけているリーゼロッテはアレックスの愛人。彼女はクズ女でレベッカを殺そうと試みた最低な女である。

次に新しくやって来たさすらいの仕事人たち。

 驚くべきことにかれらはレベッカの父と姉たちだった。ジョセフィーヌは長女で、何故かレベッカに対して嫉妬に狂い、監禁をもくろんでいる。
愚かな娘だ。そんな事出来っこないのに。

 そして妙なのが父親である。私はレベッカから国にいた時、どれだけ冷遇されてきたのかを彼女から聞かされた。それなのにこの父親の言動はレベッカを溺愛しているようにも感じられる。
エリザベスは次女で、ホールの仕事に燃えている。
最後にエミリーは、レベッカ探しはもうどうでもよく、一つの場所にとどまり、安住の地を見つけたい……と言う訳だ。

よし、頭の整理がついた。後は……。

相変わらず私の目の前では激しい口論が続き、次第につかみ合いの喧嘩になり始めた。もう、我慢の限界だ。

「あんた達……いい加減にしないかっ!!」

私はダンッとテーブルを叩いた。

ビクッ!!

全員が驚いたように動きを止めて、私に注目する。

「いいかいっ!? レベッカは確かにこの村に滞在していた。だが、それは、もう1カ月以上も前の話だっ! それに……!」

私は3馬鹿親子を指さすと怒鳴った。

「いいかいっ!? レベッカにはね、もうサミュエル王子っていう立派な恋人がいる! あんた達の出る幕じゃないんだよっ!」

私にはあの2人はまだ恋人同士には見えなかったが、口から出まかせを言ってやることにした――