ガタンッ!

車輪が岩にぶつかり、荷馬車が大きく傾いた。

「ウワッ!」

御者台に乗っていた俺は危うく振り落とされそうになった。

「ドウドウドウッ!」

ヒヒンといななく馬の手綱を引っ張り、慌てて馬車を止めると忌々し気に荷台の中で幸せそうに寝ているクソ親父とクズ兄貴を振り返る。

「おい!」

「「……」」

しかし、2人は俺の方に背を向けて呑気に寝てやがる。いや、違う。寝たふりをしていやがるんだ。何しろさっきまで聞こえていた2人の寝息が今はピタリと止まっているのだから。

「おい! 寝たフリしてんじゃねーよ!」

「「グー……」」

すると都合の良い具合にあいつら、2人同時に寝息を立てやがった。
くそっ!
寝たふりしてるのはミエミエだっ!

「おい、荷馬車が大きな石の上に乗り上げたみたいなんだ。動かすの手伝ってくれよ」

「「グーグー……」」

あいつら……っ!
何所までも寝たふりをして手伝わない気だな!?

 眉間にしわを寄せて俺は怒りを抑えて御者台から飛び降りた。こんな事しているのは時間の無駄だ。ここは森の中。危険生物だっている可能性があるし、じきに日が暮れる。
森の中で夜程危険な事は無い。日が暮れれば飢えたオオカミが森を徘徊し、弱い生き物を狙う。勿論人間だって襲われる。

「全く……冷たい奴らだッ!」

わざと聞こえよがしに大きな声で言うと、馬車に積んである長さ1m程の鉄パイプを下ろし、それを石に乗り上げた荷台の下にさしこむ。

「ふんぬぅっ!!」

力を込めて荷台を何とか上げようと踏ん張る。くそっ! あの2人が乗っているから重くてたまらない。

「ぬぐぐぐぐぐぅ……っ!」

頑張れ俺! 踏ん張るんだ俺っ!

グググ……

荷台が少しずつ浮き上がり、ようやく石が動かせるようになった。

「でりゃあっ!!」

掛け声を上げて、大きな石を足で蹴飛ばした。

「ふんっ」

パッと鉄パイプから手を離す。

ズッシーン!!

荷台が地響きを立てて地面に落とされ、激しく揺れる荷台。

ガツンッ!
ガツンッ!

俺の立っている位置から荷台の様子は見えないが、きっとあの2人衝撃で何処かに頭をぶつけたに違いない。

クククク……ざまみろ。

「ふう~」

でもこれで、再びようやく馬車を走らせる事が出来る。俺は手をパンパンとはたき、御者台に再び乗り込み、荷台を振り返った。するとそこには起き上がって頭を抑える薄情な父と兄の姿がある。

「よぉ、起きたのか。2人とも」

わざとらしく声をかけた。

「あ、ああ。そうだ」

「う、うん。今目が覚めた処なんだ」

いけしゃあしゃあと平気で嘘をつく2人に軽い殺意を覚える。でもそれは無理も無い話だ。何しろあの2人は俺の妻のレベッカを狙っているのだから。
父は今年で55歳になるのに17才の少女を妻にしようと企む変態野郎だし、兄はつい最近まで滞在先の村で仮にもレベッカの姉と恋愛していたくせに、手のひらを返したかのように再びレベッカを追い求めるとは最低野郎だ。

 一方、この俺はグランダ王国を出てからは真面目な男に生まれ変わった。女には一切手を出していないし、旅の先々でも剣の練習を怠らず、レベッカが辿った旅の軌跡を追い続けているのだから。
我ながらこんなに一途な性格だとは思わなかった。

 馬車の手綱を握りしめ、空を見上げればいつの間にか茜色に染まり、一番星が輝いていた。その一番星に愛しいレベッカを重ねて心の中で語り掛ける。

待ってろよ。レベッカ。お前を見つけたらもう一度結婚式をやり直そう。そして今度こそ幸せにすると誓うからな。

レベッカ。早くお前に会いたい。

夜空に浮かぶ一番星がきらりと輝き、レベッカが微笑んでいる気がした――