時間帯がまずかったのか、尋ね回った宿屋は何処も満室だった。

「なかなか宿屋が見つからないものですのね〜」

ミラージュは荷馬車の上からサミュエル王子が宿屋に泊まれるか、交渉している姿を眺めている。

「ええ、そうね……」

ぐうう〜……

相槌を打ちながら、私は5回目のお腹のなる音を聞きながら、意識を失った――

****

「しっかりして下さい! レベッカ様!」

「レベッカ! 目を開けてくれ! レベッカ!」

う〜ん……2人の騒ぎ声が直ぐ側で聞こえる。うるさいなぁ……。あ、美味しい……。

え? 美味しい?!
 
パチリ

意識が覚醒し、目を開けると心配そうにミラージュとサミュエル王子が私を覗き込んでいた。気付けば私は長い椅子に寝かされ、口の中には小さくカットしたパンケーキが押し込まれている。
私が目を開けたのを確認した2人が声をかけてきた。

「あ! 良かった! 目が覚めたのですね!?」

「良かった。意識が戻ったんだな? レベッカ!」

大袈裟? な事にサミュエル王子は目に涙を浮かべている。

モグモグモグ……ゴクン

「美味しい」

起き上がった私は2人を見渡すとミラージュが安堵のため息をついた。

「ああ、良かったです。レベッカ様。もう少し遅ければ、手遅れになっていたかも……」

「ええっ!? そうなのかいっ!?」

何も知らないサミュエル王子は驚いて私を見た。

「ええ。実は私……お腹が空き過ぎると眠りについてしまうんですよ」

いわゆる燃料切れというものである。特殊な力を持つ私は空腹とともに力が弱まり、限界になると眠りについてしまうのだ。そして深い眠りについてしまうと、目が覚めるまで誰かに食べ物を与え続けてもらわないと、ちょっとやそっとでは目が覚めなくなってしまう。まあ、多分私の事だからそれで死ぬことは無いと思うけれども、子供の頃、一度だけ完全に燃料切れになってしまって丸1日目覚めなかった事があったっけ……。

「な、何だって……? それじゃあレベッカ……」

サミュエル王子が声を震わせる。

「?」

「君を飢えさせてはいけないって事なんだな!? よし分かった! 俺は君を一生食べ物に困らない生活をさせてあげると誓うよ!」

「はあ……ありがとうございます」

私はミラージュの差し出してくれたマフィンを食べながら礼を述べた。


「あの、ところでここはどこですか?」

広いホールの部屋。床は板張りで円形のテーブルセットが等間隔に並べられている。食堂のようにも見えるが、お客さんが1人も見当たらない。

「見ての通り食堂だよ。この上が宿屋でここに泊まれることになったんだ」

「食事も特別に用意していただきましたの」

サミュエル王子とミラージュが交互に教えてくれた。

「え? でもここは宿屋よね? 食事も特別にって……どういう事?」

「ええ。今は深夜の2時ですから」

ミラージュの言葉に驚いた。

「え? ええええっ!? に、2時!? どうしてそんな時間なの!?」

するとミラージュとサミュエル王子が顔を見合わせ……サミュエル王子が私の方を振り向いた。

「実はね、レベッカ。君が突然馬車の中で気絶してしまってから俺達は大慌てで医者を探し回ったんだ」

「ええ、それでようやく医者を見つけて、無理矢理扉を開けさせて、無理矢理診察して頂きましたの。そしたらただの空腹だって言われたのです。そこで思い出したのです。そういえばレベッカ様はお腹が空きすぎると眠りに着いてしまう体質だという事を。でもその頃にはお店も全部しまっておりましたし……」

「そこからまた必死で俺は宿屋を探して、ようやくこの宿屋に泊めてもらえることになったんだよ。は〜でも良かった……レベッカが無事で……」

サミュエル王子がため息をついた。

「すみません。ありがとうございました」

ペコリと頭を下げるとサミュエル王子はニコリと笑う。

「君が無事で良かったよ」

ドキリ

その笑顔に何故か頬が赤くなり、胸が高鳴った。

「あら? どうしましたか? レベッカ様」

ミラージュが不思議そうに尋ねる。

「ううん、何でも無いわ」


この時、私は初めてサミュエル王子を1人の男性として意識した……かもしれない――