その日の夕刻――

ザザーン……
ザザーン……

オレンジ色の空の色が徐々に藍色に染まる頃、無数の松明に照らされて幻想的に揺らめく港が海の水面に映し出される光景が段々近づいて来る様子を私とミラージュは甲板の手摺に掴まり、うっとりした眼つきで眺めていた。

「レベッカ様……夜の港って何て美しいんでしょうね……」

「ええ、本当に。幻想的でまるで夢の世界の様だわ……」

出来ればこの光景を1枚の絵画にして残したいくらいだ。だが、あいにく私は絵心と言う物を持ち合わせていない。

「ハハ、君達。この景色が余程気に入ったんだね?」

振り向くとそこにはサミュエル王子が立っていた。

「サミュエル王子、お食事はもういいのですか?」

ほんの30分ほど前まで、私達は意気投合した船長や船員たちと船上パーティーならぬどんちゃん騒ぎをしていたのだ。そして私達は早めに抜け出し、甲板の上から日が暮れていく様を2人で眺めていた。

「ああ、終わったよ。第一、もう港が近付いてきているだろう? 船員たちは皆船を停泊させる準備をしているさ」

「そうだったのですね」

言われてみれば甲板の上に出されていたテーブルは片付けられ、船員たちは忙しそうに駆け回っている。

「ところでサミュエル王子、私達が今向かっているあの港町は何て言う名前なのでしょう?」

ミラージュがどんどん近付いて来る港町を指さしながら尋ねた。

「あの港町は『デネス』という名前さ。西の大陸の玄関口と交易の町で栄えているのさ」

「そうですか、ではまずあの町に着いたら宿を探しましょう」

私はワクワクしていた。何しろ宿屋に泊まるのが大好きなのだ。宿泊すると旅をしている実感がますます高まるからである。

「ええ、そうですわね。そして明日には私達の身なりを整えましょう。二度と馬鹿にされないようにね?」

ミラージュはわざと言ったのだろうか。たまたま船長が近くを通りかかった時にサラリと言ってのけたのだ。船長はビクリと肩を跳ね上げ、逃げるようにそそくさとその場を立ち去って行った。

「そうだな。今後の為にも多少は上質な服を着ていた方が良いのかもしれないが……果たして我々にそれだけの資金があるのかい?」

サミュエル王子が首を傾げる。

「ええ、ご安心下さい。心配無用です。全て私に任せて下さい!」

私は胸をドンと叩く。その気になれば私にとってお金を稼ぐことなどどうって事は無い。だって今はこんなにも私の事を信頼してくれる2人と、レティオとロミオがいるのだから。


ボーッ……

やがて汽笛が大きく鳴り響く中で船が港に到着し、私達は下船の準備を始めた――


****

 船が港に停泊し、私達は船を降りる事になった。私達と向かい合わせに船長と船員たちが並んでいる。

「ありがとう、君たちの船のお陰で西の大陸に到着する事が出来たよ」

サミュエル王子が船長にお礼を述べた。

「い、いえ……大したおもてなしが出来ませんでしたが……それで船の上での件は…」

船長がもみ手をしながら尋ねてくる。

「ああ、勿論黙っていてやろう」

「ほ、本当ですかっ!?」

「君達はあの後、俺達を丁寧にもてなしてくれたからな」

サミュエル王子はグルリと彼らを見渡す。

「あ、ありがとうございます! サミュエル王子!」

船長が頭を下げると船員たちも一斉に頭を下げた。私もミラージュもサミュエル王子の後で彼らに別れを告げると、ロミオとレティオを連れて船を降りた。


「「「さよならー!!!」」」

舟を降りた私達は手を振り、港を去ってゆく『レディ・クイーン』号と乗組員たちに別れを告げた。

船は大きく汽笛を鳴らしながら夜空が煌めく夜の海の向こうに遠くなっていった――