その夜――

「娘達よ! よく聞け! 我々れは明日いよいよここ、『カタルパ』を旅立つことにした!!」

夕食の席で丸テーブルを囲んだ3人の娘たちを前にゴードンは叫んだ。

「「「…」…」」

しかし、3人の娘たちは一瞬だけ父を見るとすぐに視線をそらせ、全く関係ない話を始めた。

「そう言えば今日お店にやってきたお客さんたちからお店の新メニューが好評だったわ」

エミリーが最初に話し始めた。

「それはそうよ。私がお客さん達のよく注文しているメニューをリサーチして、亭主に進言したんだもの」

エリザベスが自慢気に胸をそらせた。

「さすがはエリザベス、この家で一番の稼ぎ頭ね」

ジョセフィーヌがパンを取り分けながら感心している。

「おい、娘たちよ。私の話を聞いているのか? 明日この村を出立するから食事が済んだら荷造りの準備を始めるのだぞ?」

「いやよ」

真っ先に返事をしたのは以外なことにジョセフィーヌではなくエリザベスであった。

「な、なぜだっ!?」

ゴードンはエリザベスに詰め寄った。

「だって折角仕事が面白くなって来たところだったのに。大体女将さんが私の働きぶりを評価してバイトではなくて正式な従業員として雇ってくれると言ってくれているのよ」

「な、何だってっ!?」

ゴツン!!

ゴードンはショックでテーブルに頭を打ち付けた。

「きゃあっ!! 何してるのよ、お父様っ!」

エミリーが叫ぶ。

「へえ〜すごいじゃない。エリザベス」

ジョセフィーヌは手を叩いた。その様子にゴードンは顔を上げるとさらにエリザベスに迫った。

「何故だっ!? エリザベスッ!! お前はこんなところで終わるような人間ではないはずだっ! こんな狭い世界で人生を終えていいのかっ?!王 女の誇りを忘れてしまったのかっ!?」

「うるさいわねッ! お父様のせいで王女の誇りなんか忘れてしまったわよ !」

エミリーが横槍を入れてきた。

「うるさい! エミリーは口を挟むなっ!」

「いいえ! エミリーは口を挟む権利があるわよ! さ、エミリー。お父様に思いの丈をぶっつけなさい!」

ジョセフィーヌが加勢する。

「ジョセフィーヌ! お前は私の味方ではないのかっ!?」

ゴードンが目を見張った。

「違うわよ! 私は恋人がいるのにどうしてこの村を出ていかなくては行けないのよ! 彼は私を好きだっていってくれてるのよ!?」

「違う! ジョセフィーヌッ! お前はあの男に騙されているのだ! 私はアレックス王子に直に聞いたのだ! 良いか? ランス王子が好きなのはレベッカなんだ!」

その時、ピタリとジョセフィーヌの動きが止まった。

「え……? そんな……嘘でしょう……?」

「いーや、嘘ではない。アレックス王子から聞いたのだ。ランス王子はレベッカがアレックス王子の妻だと言うのに、プロポーズしたとな! しかもあの変態親子め! 父親の姿はまだ見かけていないが、この旅で一番早くレベッカを見つけたものが妻に出来るという賭けをしているのだぞっ!? 要するに、あの親子達は全員レベッカを狙っている! つまり、レベッカの身に危険が迫っているということだ! あの娘を救えるのは我々親子だと思わないのかっ! 一刻も早くレベッカの後を追って保護してやらねば!」

ゴードンは興奮してまくしたてている為、ジョセフィーヌの様子がおかしいことに気づいていない。

「お父様! いい加減にして! ジョセフィーヌお姉さまの様子がおかしいことに気付かないのっ!?」

エミリーの言葉にようやくゴードンが口を閉ざすと、そこには顔を真っ赤にし、目に涙を浮かべてプルプル震えているジョセフィーヌの姿があった。

「ど、どうした? ジョセフィーヌ?」

「嘘よ……ランスは私のことが好きだって言ってくれたのに……! お父様の話なんか信じないわ! 自分で直にランスに聞いてくるわっ!」

そしてジョセフィーヌはガタンと立ち上がると、猛ダッシュで外へ飛び出していってしまった。

「待て! 待つんだ! ジョセフィーヌッ!」

しかし、時既に遅し。

「あ〜あ……お父様のせいよ」

「本当、最低な人ね……」

2人の娘が軽蔑の目をゴードンに向ける。しかし、そんな娘たちの言葉はゴードンの耳には入ってこない。

「待て……待ってくれ、ジョセフィーヌ……せめて……せめて自分の分の荷造りをしてから出ていってくれ〜っ!!」

ゴードンの叫びが狭い部屋に響き渡った――