翌朝6時――

「か、帰ったぞ……」

フラフラになりながらゴードンが3人の娘たちと住んでいる借家に帰ってきた。

「あら、お父様。朝帰りなんて一体今まで何処に行ってたのよ? しかも随分疲れ切っているみたいだけど?」

朝食の準備をしていたジョセフィーヌが朝帰りをしてきたゴードンに声をかけてきた。

「ジョセフィーヌ……お、お前…・・・あんな男と付き合っていたのかっ!?」

突如ゴードンは床に伏して、泣き崩れた。

「ちょ、ちょっと何泣いてるのよっ!?」

ジョセフィーヌが慌ててゴードンに駆け寄る。

「全く、最近歳のせいかしらね。感情の起伏が激しくて困るわ」

パンを切り分けていたエリザベスが肩をすくめる。

「きっと情緒不安定なのよ」

エミリーはトマトをつまみ食いした。

「あ、駄目よエミリー。つまみ食いしては。ねえ、お父様、それよりあんな男って彼の事知ってるの?」

ジョセフィーヌの言葉にゴードンは顔を上げると叫んだ。

「ああ、あいつらの事ならよーく知ってるぞ? いいか、聞いて驚け。あいつはなあ……レベッカが嫁いでいったグランダ国の、あの女癖の悪いアレックス王子の兄のランス王子なんだよっ!!」

「「「な、何ですって〜っ!!!」」」

3人の娘たちの驚きの声が狭い借家に響き渡った――


****

――ガチャリ

ランス王子が宿屋の部屋で朝のコーヒーを飲んでいると、扉が開かれてよろめきながらアレックス王子が戻ってきた。

「おかえり、アレックス。朝帰りなんて国を出て以来初めてなんじゃないか? とうとうまた悪い癖が出てきたのかな?」

脳天気な兄の言葉に夜明けまでゴードンと口論をしてきたアレックスはプチンと切れてしまった。

「おい、ランス! 貴様……何故よりにもよってあんな女と付き合っているんだ!!」

そしてランスにズカズカと近寄ると胸ぐらを掴んで締め上げた。

「な、何だって言うんだ! ジョセフィーヌの何処がいけないって言うんだい!? わけがあるなら言ってくれ!」

ランスは抵抗しながら抗議する。

「わけならある! おおありだ! お前、もうレベッカの事はどうだっていいんだなっ!? ここで旅を終わらせるつもりなのかっ!?まあ、俺としてはライバルが減ってくれたほうがいいけどな。どうせ父だって露天商の女に入れ込んで入り浸ってしまったしな!」

「それは確かにレベッカの事は捨てがたいよ。何しろ彼女ほど美人な女性はそうそういないからね。でもジョセフィーヌも美人だけどね」

「そう、その女が問題だ! いいか? あの女はな……ずっとレベッカを冷遇し続けた姉なんだぞ!! お前、ずっと言ってたよな? オーランド国の人間達はレベッカを雑な扱いしていたから許せないってな!」

「な、何だって〜っ!!」

ランスは大きな声で叫ぶのだった――


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9時――

「おや? 香辛料が大分少なくなってしまったな……」

厨房でコックをしている宿屋の女将の夫が香辛料の棚を見ながら呟いた。

「そうなのか? ではどうするのだ?」

玉ねぎの皮むきをしていたゴードンが尋ねた。

「何、大丈夫さ。香辛料のもとになるハーブならこの森の奥にはハーブが原生している草原があるのだよ。実は3ヶ月ほど前か、ここにハーブを狙う魔物が現れたのだが、旅の一行が倒してくれたのだよ。彼女たちはまさに英雄だ」

「彼女たち? なんと魔物を倒したのは女性なのか?」

「ああ。そうさ。しかも2人とも若くて美人! そういえば生き別れになった母親を探す旅をしていると言ってたな。レベッカにお供のミラージュ」

その言葉にゴードンが反応した。

「な、何だってっ!? 今、何と言った!?」

「ああ、レベッカにミラージュかい?」

「そう、その2人だ! 何処へ行くと言ってたっ!? 何か聞いてるかっ!?」

ゴードンの興奮は止まらない。

「ああ、そう言えば次は『アルト』の村に行くと言ってたな」

「何とっ!? 『アルト』という村に行ったのだな!?」

ゴードンは立ち上がり、高笑いした。

「フハハハ…ッ!! ついに、ついにレベッカ! お前の足がかりを見つけたぞ! 待ってろよ! 父さんがお前に会いに行くからなーっ!」


ゴードンの高笑いはいつまでも響き渡るのだった――