午後7時――

「ランス、今夜もどこかへ出かけるのか?」

宿屋のベッドにゴロリと寝転がり、本を読んでいたアレックスが顔を上げてランスを見た。

「ああ、ちょっとね」

ランスは壁に掛けてある鏡の前で身だしなみを整えながら返事をする。

「ふん、どうせ女のところだろう?」

「まあね」

それを聞いたアレックスはため息を付いた。

「全く、父上は露天商の女に惚れ込んで女の家に入り浸っているし、お前も毎晩女とどこかへ行ってるし……一体いつになったら俺たちはこの辛気臭い村を出れるんだ? 最初の目的はレベッカを探す事だっただろう?」

「う〜ん……でもそれは仕方無いんじゃないかな? 人の心は移ろいやすいものだしな。おっと、もうこんな時間だ。彼女を待たせちゃけいないから僕はもう行くからね」

ランスはそれだけ言うと、軽い足取りで宿屋を出ていく。
アレックスはその後姿を黙って見ていたが、やがてムクリとベッドから起き上がった。

「ランス……一体、どこでどんな女と会うつもりなんだ? 今夜こそ後をつけてやろう」

そしてアレックスはランスに見つからないように後をつけることにした――


****


「ジョセフィーヌ。今夜も出かけるつもりなのか?」

ゴードンは出かける支度をしているジョセフィーヌの周りをウロチョロしながら尋ねる。

「ええ、そうよ。帰りは遅くなると思うから私に構わず先に眠っていてね」

「な、何っ!? お前……泊まるつもりか!?」

「何よッ!? お父様、私はもう25歳。とっくに世間では嫁き遅れなのよっ!? 私がどこの誰と付き合おうが、お父様にとやかく言われる筋合いはないわっ!」

「な、何と……っ!!」

ゴードンはあまりのショックに身体をぐらりと傾けさせた。

「お姉さま、それより早く出かけたほうが良いんじゃないの? 相手の方をお待たせしてしまうわよ?」

エリザベスが内職の仕事として、食堂の新しいメニューのお品書きを綴りながら顔を上げた。

「ええ、そうね。行ってくるわ」

身支度を整えたジョセフィーヌが家を出ていくのをゴードンは必死で止めた。

「待て! 行くな! 行かないでくれ、ジョセフィーヌ! レベッカを探しに行く旅はどうするのだっ!?」

すると、ピタリと足を止めたジョセフィーヌが振り返った。

「お父様、私……今の生活とても満足してるのよ」

「な、何だって……? こんな手触りの悪い服しか着れず、狭い家で暮らし、働き詰めの暮らしがか……?」

ゴードンは余程ショックだったのか、ドスンと尻もちをついてしまった。

「全く、情けない父親ね……」

暇そうに枝毛を探していたエミリー。

「うるさい! エミリーッ!お 前は黙っていろっ!」

ゴードンは尻もちをついたまま、エミリーに文句を言う。

「あ! また私にだけ文句を言ってくる! なんて親なのっ!?」

しかし、言い合いをしている側から、ジョセフィーヌはスルリと外へ出ていってしまった。

「あ! 行くな、ジョセフィーヌッ!! くっそー!! こうなったら後をつけてやるっ!」

ゴードンは家を飛び出すと急いで娘の後をつけた――

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 村外れの小高い丘の上――

ここがランスとジョセフィーヌの逢引の場所だった。夜空の下、草むらの上に座って親しげに話す2人の様子を木陰から見守るのはアレックスだ。

「あれがランスの相手か……? 確かに美人ではあるが……う〜ん……あの顔どこかで見たことがあるな……」

その時、アレックスは気づいた。自分の父とさほど年齢の変わらない男がアレックスと同様に2人のデートの様子見守っている姿に。それはゴードンであった。

「な、何ということだ……ジョセフィーヌ。あんな優男に惚れてしまったのか……?」

それを聞いたアレックスは驚き、ゴードンにそっと近づき声をかけた。

「おい、お前」

「うあっ! な、何だ! 突然声をかけるな!」

ゴードンは小声で抗議し、アレックスを見た。

その瞬間……。

「「あーっ!! お前はっ!!」」

ゴードンとアレックスは2人同時に声を上げるのだった――