月明かりに照らされた平屋のレンガ造りの小さな家、大きなため息が聞こえてくる。


 「ふう〜……今日も1日食堂で働き詰めで疲れたな……。しかしそれにしても女将はあまりにケチすぎる。この空き家を貸してくれるのは助かるが、1日の給金があまりに安すぎる。これではいつまでたっても路銀を貯めることが出来ないじゃないか。我々は1日も早くここを旅立ってレベッカを探しに行かねばならないというのに!」

食卓で娘達に聞こえるようにレベッカの父、ゴードンは安い酒を飲みながらわざと大きな声で呟いた。

「「……」」

しかし2人の娘、エリザベスとエミリーは父の言葉が聞こえていないのか、モクモクと食事をしている。

「最近になって、ようやく白いパンが食べられるようになって良かったわ」

エミリーがパンを頬張っている。

「ええ、そうね。この家の借家代がかからないから、最近ようやく食費にお金を掛けられるようになったわ」

エリザベスがオムレツを口に入れた。

「おい、お前たち。最近食卓が豪華になったと思っていたが……まさか食費にお金をかけているのか!?」

ゴードンは2人の娘の顔を交互に素早く見た。

「ええ、そうよ。毎日毎日休みもなしに朝から夕方まで働き詰め。栄養のある食事をしないと体が持たないじゃない」

エミリーの言葉にゴードンは反論した。

「うるさい、この親不孝者エミリーめ。最近ようやくまともに働くようになったからと言って偉そうな口を叩くな。我々は路銀を貯めて一刻も早くこの『カタルパ』を出て可愛いレベッカを探しに行かなくてはならないのだぞ?その使命を忘れたのか?」

「うるさいわね!! 毎日毎日レベッカレベッカって! 大体あの子が7歳になるまで城に入れなかったのは誰よ! 下女扱いさせていたのはお父様でしょう!? 挙げ句に女癖の悪いグランダ王国の王子に嫁がせたのも全てお父様じゃないの!!」

「な、何だとっ!? 仮にも父親で国王の私にそのような口を叩くのかっ!?」

するとそれまで黙ってモクモクと食事をしていたエリザベスが口を開いた。

「いい加減にしてよ! お父様!!」

「な、何!? この私を注意するのかっ!?」

ゴードンはよほど意外だったのか、目を白黒させながら次女のエリザベスを見た。

「ええ! お父様に文句を言わせてもらうわ! 大体どんな身分でそのお酒を飲んでいるのかしら? そのお酒を買うお金を食費に回せば1週間は楽できるのよ? 一番高いものを口にしているくせに偉そうな口を叩かないで! それにこの家で一番お金を稼いでいるのは他でもないこの私だという事を忘れているんじゃないでしょうね!?」

「うぐっ! そ、それは……!」

痛いところをつかれてゴードンは言葉に詰まってしまった。

「全く……一番稼ぎが悪い癖に…」

ボソリと言ったエミリーの言葉にゴードンは聞こえないふりをすると別の話題を口にした。

「おい、そう言えばジョセフィーヌはどうしたんだ? 食事時だと言うのにいないじゃないか?」

「ああ、お姉様ならデートよ」

エリザベスの言葉にゴードンは耳を疑った。

「な? 何? デートだとっ!? い、一体相手はどこの馬の骨だ!?」

「1週間ほど前からこの村にやってきた親子連れよ。何でも人探しの旅を続けているらしいのよ。そこの1人の若者と恋仲になったのよ?」

エミリーの話は寝耳に水だった。

「な、何だと……? 仮にも我々は王族なのだぞ? それがどこの馬の骨とも分からない旅人と恋仲になるとは……認めん! 絶対に認めんからな〜っ!!」

ゴードンの叫びが狭い家に響き渡るのだった――