――王の居城

ここで1つの大きな怒声が響き渡った。

「ならぬっ! お前は『エデンの園』でこの星を、人々を見守る番人のような存在にゆくゆくはなるのだぞっ!? それをたかが人間ごときに恋をして、ここを立ち去るなど……許されると思っているのかっ!?」

案の定……この世界の国王、レイラ様の父君は激怒した。その怒りはきっとこの星の何処かで天変地異を起こしてしまったに違いない。

「お願いです、お父様。私は愛する人が出来たのです。どうか行かせてください。人として限りある生命を全うしたいのです」

レイラ様は必死になって国王に許しを請うている。

「お前には無理だっ! 誰よりも濃い『エデン』の血を受け継ぐお前には限りある生命等願っても手に入らぬっ! 自分でその命を絶たぬ限りはな。お前にはその覚悟は出来ているのかっ!?」

「ええ! 出来ます! 人の寿命が尽きると思われる年齢に達したなら、自らの命を絶つこと位苦ではありません」

私はその言葉に耳を疑った。そ、そんな……嘘ですよね? レイラ様……。するとレイラ様は私を見た。

「ごめんなさいねミラージュ。ずっと貴女の傍にいる約束をしたのに……」

「そ、そんな……レイラ様……」

私は思わず涙を流してレイラ様を見た。それを目にした国王は再び怒鳴った。

「見るがよい、レイラッ! お前のせいでドラゴンのまだ年端もいかぬ娘を悲しませおって……お前が面倒を見ると言ったミラージュを見捨てる気かっ!?」

再び、国王の背後で雷が落ちた。

「お父様っ! やめてっ! 怒りを鎮めてっ! また一つ国を亡ぼすおつもりですかっ!?」

レイラ様が叫ぶ。

「それに……もう私はあの方について行くしかありませんっ!」

「何故だっ!?」

国王の言葉にレイラ様は突如頬を染めた。

「それは……私のお腹にはもうあの方との新しい命が宿ったからです……。まだ本当に小さな小さな命だけど、もうお腹の中に魂を感じるのです……」

「レ……レイラ様……?」

信じられなかった。まさかあのレイラ様が……たかが人間にその身を委ねて子供が出来てしまうなんて……。

「な……何と言う事だ……この愚か者めっ!」

今度は先ほどよりも大きな雷が起こった。あれでは今外界では大変な事態になっているだろう。レイラ様も必死で止める。

「お父様っ! どうか落ち着いてくださいっ!」

するとようやく国王は気を取り直したのか、荒い息を吐きながら叫んだ。

「今すぐこのここから出て行けっ! この恥知らずがっ! 二度と戻ることは許さんっ!」

「ええ、分りました。お父様」

それまで跪いていたレイラ様は立ち上がった。

「ミラージュ……貴女ならついてきてくれるわよね……?」

私は寂し気に笑う。

「ええ、勿論です。レイラ様」

だって、私の居場所はレイラ様の隣だから……。

こうして私とレイラ様はこの世の楽園『エデンの園』を出て人間界へ降りた。

私はドラゴンの姿になり、オーランド王国へレイラ様を連れて空を飛んだ。



 しかし、この結婚は結局失敗だった。

オーランド王国の国王は強欲な性格だった。既にレイラ様の前に前妻がいて、3人の娘がいた。レイラ様を娶る為に離婚し、前妻を国へ帰した事から、国王の見ていない処で私達は恨まれ、ぞんざいな扱いを受けた。
そしてレイラ様が出産した子供が女の子だった事を知ったオーランド国王は激怒し、子供を取り上げるとレイラ様を追い出してしまったのだ。
レイラ様は子供を人質に取られたばかりに、泣く泣く言う事を聞かざるを得ず……城を出る時に私に頼んできた。

「ミラージュ……お願い、私の代わりにレベッカをお願いね……」

「レイラ様は……一体どちらへ行かれるのですかっ!?」

しかし、レイラ様はそれには答えず悲し気に笑うと、オーランド国王が用意した船に乗って大海原へと去って行った――


****

「ミラージュ、どうしたんだい? 大丈夫かい?」

不意にサミュエル王子に呼ばれて私は我に返った。

「あ、申し訳ございません。え~と……それでどこまで話しましたっけ?」

「ああ、君のドラゴンである父親と人間の母親がドラゴンの国へ渡った時までだよ?」

「そうそう、そこまででしたね? 結局父は力を奪われて幽閉され、母は人間界へ帰されてレベッカ様のお母様の侍女になったのですよ」

「そうか……そうやって君とレベッカは出会ったんだな?」

「ええ、そう言う事になりますね」

やはりレベッカ様の許可を得ない限り本当の事を教える訳にはいかない。

その時……。

「う~ん……」

荷台の上からレベッカ様の声が聞こえた。振り向くと、目をこすりながらムクリと起き上がった我が主、レベッカ様がいる。

「やあ、目が覚めたかい、レベッカ」

「はい、お早うございます。サミュエル王子、ミラージュ」

レベッカ様はニコリと笑った。そこには、はっきりレイラ様の面影が残っていた――

<完>