私が厨房で食器洗いをしていると、何やらホールで物凄い騒ぎ声が聞こえてきた。この店の料理人を務めるオーナーは料理の真っ最中で手が離せない。

「ねえ、お父様。ホールで騒ぎ声が聞こえてくるわ。ちょっと様子を見てきたほうが良いのじゃないかしら?」

するとゆで卵の殻を剥いていた父は首を振った。

「何を言っているのだ、ジョセフィーヌ。何故私が様子を見に行かなければならないのだ? 第一私達の目的を忘れてしまったわけではあるまい? 何としてもレベッカを見つけ出して保護してあげるのが目的の旅だろう? もし、ここで私が揉め事に巻き込まれて死んでもしたら誰が可愛そうなレベッカを探し出して保護してやれるのだい?」

父は尤もなセリフを言うけれども、それは全部建前に決まっている。要は面倒臭いのだ。この店は自分の店でもないし、単なる臨時の雇われ人として割り切っているから極力面倒くさい事は避けて通りたいと考えている。けれど今ホールに出てウェイトレスの仕事をしているのは私の2人の可愛い妹達なのだ。この様子だと巻き込まれている可能性が大だ。

「いいわ、お父様。私が変わりにホールに行って様子を見てまいります。なのでここの食器洗いをお願いしますね」

念の為に武器? として洗い終わったフライパンを握りしめる。

「は? おい、待て。ジョセフィーヌ。この私にそんなに大量の食器を洗えというのか? 無理に決まっているだろう!?」

最後の方のセリフは半分泣き声のように聞こえたが、そんな事よりも心配なのは妹達だ。

「お父様! お・ね・が・いしますよ!」

ドスの利いた声で睨みつけてやると父はビクリと肩を震わせた。

「わ、分かった……」

父の返事を聞いた私はフライパンを持ってホールへと向かった――


「まあ! な、なんて事なの!」

 ホールの中には20人程の客で賑わっていた、そしてホールの中央が騒ぎになっている。何事かと思い、近づいてみると2人の男たちが揉め事をおこしていた。1人は禿げ上がった頭で身体は筋肉質、ピチピチのシャツと胸当てズボンを履いた男、そしてもう1人はハンサムではあるが、性格の悪そうな男である。

見れば見るほど揃いも揃ってクズ男に見えて仕方がない。こんなに混んでいる店内で人目もはばからず揉め事を起こすなど……許せないっ!

おまけに性格の悪そうな若い男は今度は別の男性客にイチャモンをつけはじめた。
私はとうとうその男の行動に切れてしまった。

グッとフライパンを強く握りしめると、声を張り上げた。

「お客さん!! いい加減にしないと帰ってもらいますよっ!!」

そしてまずはツルッパゲ男の頭をめがけて、フライパンを投げつけた。微妙に右手に捻りを加えてブーメランのように投げつける。

ヒュッ!!

ゴンッ!! ゴンッ!!

よし! 我ながら何と素晴らしいコントロールだろう。投げつけたフライパンはまず剥げ男の頭を直撃し、次に生意気そうな若い男の頭を直撃した。
そして物言わず床に崩れ落ちる2人の男。

ふう……手間をかけさせて……。

気を失っている男達の元へ近づくと、先程イチャモンを付けられていた男性が声をかけてきた。


「へ〜……君、なかなかやるね?」

男性はじっと私を見つめてくる。気のせいだろうか? その視線には……熱が込められているように感じた。だから私は気取ったように返事をした。

「そう? ありがとう?」

そして私達はじっと見つめ合う。

呆気に取られている2人の妹、エミリーとエリザベスの前で――