ガラガラガラガラ……!

「フハハハッ! もうすぐだ! もうすぐグランダ王国に到着するぞーっ!」

私は興奮が止まらず、御者台から腰を浮かせて手綱を握りしめて草原の中を馬車で駆ける。
荷台に乗っている娘たちはひっきりなしに私に向かって何か喚いているが、車輪の音が騒がしくて、少しも耳には入ってこなかった。

やがて、ぐるりと白いボーダーフェンスに囲まれた集落が見えてきた。

「あれだ! あれがグランダ王国に違いないっ! ついにやってきたぞ! レベッカ!!」

私はますます馬車の速度を上げて集落を目指した――


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ボーダーフェンスをくぐり抜けて、荷馬車で村の中に入ると早速村の入口付近の小屋の前でタバコをふかしている農夫らしき男が声を掛けてきた。

「おや? 珍しいな。この村に旅人がやってくるなんて」

そこで私は御者台の上から尋ねた。

「一つ聞きたいことがある。ここはグランダ王国で間違いないか?」

すると男はタバコを口から離すと大声で笑った。

「ハハハハハハッ! 何を言ってるんだ? 確かにここには以前そんな名前の国が有ったが、今から3ヶ月ほど前に突然起こった天変地異で滅んでしまったんだぞ? ほら、その証拠に周りを見てみろよ」

男に言われて私と娘たちは辺りを見渡した。

「何よ、別にどうってこと無い殺風景な風景じゃないの。それより早く宿屋に行きたいわ。シャワーを浴びたいのよ」

全く、エリザベスめ……頭の中はシャワーの事しか考えていないようだ。

「私はお酒! お酒が飲みたいのよ! 酒ーっ!!」
 
酒を連呼するジョセフィーヌは傍から見ればアル中女の一歩手前である。

「私は美味しい食事が食べたいわ!」

「うるさい! エミリー! お前は黙っていろっ!」

私が怒鳴りつけると生意気にもエミリーは反発してきた。

「何よ! お姉様たちには黙っているのに、何で私の時だけは文句を言うのよっ!?」

「それはお前が一度も労働をしたことがないからだ! 働かざる者、食うべからず! なんだ!」

「何ですって!? 大体何よ! レベッカが国にいた時は一番ないがしろにしていたくせに、突然レベッカ、レベッカって! きっとあの子はもう死んでいるわよ!」

「な、何だって! よりにもよってレベッカが死んだだと!? 冗談でも言っていいことと悪い事の区別がつかんのか!!」

「あー! もう、うるさいわね! 静かにしてよ!」

ジョセフィーヌが加わり、ついに荷台の上で親子喧嘩が再び勃発してしまった。

「おい! あんた達、こんなところで親子喧嘩なんかするんじゃない! みっともないじゃないか!」

ついに見かねた農夫が我々の喧嘩を止める騒ぎへと発展するのだった――

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 我々親子は唯一この村の食堂にやってきていた。それにしても漁船で仕事をしていて本当に助かった。僅かでは有ったが賃金を貰えたので、ここでこうしてささやかだが食事が出来るのだから。ただ忌々しいのはエミリーだ。この娘は結局漁船でも全く働かなかったのだ。なのに、美味しそうにシチューを食べている。全く何という図々しい娘なのだろう。

ジョセフィーヌは安い果実酒を飲み、機嫌が良さそうにしている。

一方のエリザベスはこの宿屋の裏手に突然湧いた温泉があるということで、喜んで温泉へと向かった。……食事をしなくて良いのだろうか?

 グランダ王国が崩壊した後に出来た村の名は『グランダール』と言った。全く何というネーミングサービスだろう。


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「へえ〜あんた達はオーランド王国って国からやってきたのかい? でも聞いたことがないなあ?」

この食堂を経営している男が首をひねった。まあ、この国から大分離れた場所にあるから知らないのも無理は無いだろう。

「ところで、この国にいた王族たちは何処にいるのだ? この村に着いた時、くまなく探してみたが王族らしき者たちは1人も見かけなかったのだが」

「ああ、この国の王族たちは皆、城が崩壊してから逃げるように何処かへ去っていったらしいぞ? 行方は知らんな。でも彼らは皆『レベッカを連れ戻しに行こう』と言っていたらしい」

「な、な、何だって!? レベッカを連れ戻すだと!?」

その言葉を聞いた時、私は確信した。恐らくレベッカはグランダ王国で虐げられた生活をさせられ、この国が嫌になって崩壊したどさくさに紛れて逃げ出したのだろう。
そしてあいつらはレベッカがいなくなって、初めてその存在の大切さに気付いたのだ。

「おのれ、キング一族め! お前たちに絶対私の可愛いレベッカは渡さんぞ! なんとしても奴らよりも早くレベッカを見つけて保護してやらなければ!」

レベッカ、例え地の果てだろうとも必ず父さんがお前を見つけてみせるからな!

待っていてくれ――!


<完>