アマゾナに言われてついた場所はとてもでは無いが温泉と呼べるような場所では無かった。そこは大きな岩山に囲まれた滝壺になっていて上から轟々と勢いよく流れる滝がお湯になっていた。

「こ、これはなかなかワイルドな温泉ね……」

私は荘厳な滝を見て絶句した。あんなに激しく轟々と滝が上から流れてきているとは思わなかった。これは命懸けの入浴になりそうだ。一方のミラージュは非常に嬉しそうだった。

「ええ、まさにこれですっ! これほどワイルドな温泉はまさにドラゴン仕様です! 今日からこの温泉を『ドラゴン風呂』と名付けたいくらいですわ!」

「おお〜それはなかなか良いネーミングセンスね。私なら『ドラゴンの湯』と命名したいわ」

「なるほど、その名前も良さそうですね。では早速『ドラゴンの湯』に入りましょう」

一瞬でミラージュはドラゴンの姿に戻ると、大きな身体でずんずん滝壺に向かって入ってゆく。

「気をつけて、ミラージュ」

ドラゴン姿のミラージュに何をどう気をつければよいのか分からないが、一応声をかけて私は様子を伺った。そしてミラージュは滝壺に身体を鎮めると気持ちよさげに鼻歌を歌い、巨大な耳をピクピク動かしている。

ああ……ミラージュ、とても気持ち良さげだな……。

しかし、そこで私は、はたと気がついた。できるだけミラージュの側により、上から轟々と降り注ぐ滝の飛沫に気をつけながら尋ねた。

「ねえ、ミラージュ。貴女、そこでしゃがんで温泉に入っているの?」

<いいえ? 立って入っていますけど?>

「ふ〜ん、そうか。ミラージュは滝壺の中で立って入浴しているのね……。ええっ!? た、立って!?」

 滝壺の中に浸かっているミラージュを改めてよく見た。ドラゴンの姿になったミラージュは首の部分までがお湯に浸かっている。ドラゴンの姿で、しかも立って滝壺の中に入っているということは……一体あの滝壺はどのくらいの深さがあるのだろう? ミラージュがドラゴン時の体長は正確に測定したことは無いけれども、約10mほどだと思う。それが立った状態で首まで滝壺のお湯に浸かっているということは……。

「ねえ! ミラージュ! これから私もお風呂に入るけど……私をずっと握りしめていて頂戴!」

こうして私は身体や髪を石鹸でよーく洗った後、ミラージュに身体を握りしめられたまま滝壺湯に入ると言う、全くリラックス出来ない温泉に浸かったのだった――

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『ドラゴンの湯』からの帰り道――

「ふう〜…お風呂、気持ちよかったですねぇ…」

身体からポカポカ湯気を出し、満足げなミラージュ。

「え、ええ……そうね」

 私も相槌をうつが、こちらはちっともリラックスしてお風呂に入った気がしない。何しろドラゴン化したミラージュに握りしめられながらの入浴だ。万一ミラージュの手からするりと滑り落ちてしまえば私は滝壺にハマって溺れて下手すれば死んでしまうかもしれない。

私には生き別れになってしまったお母様を探し出すという壮大な目的がある。それを達成する前に死ぬわけにはいかないのだから。




「ただいま戻りました〜」

アマゾナの経営する宿屋に戻って来たが、1階にある食堂はもぬけの空だった。それにテーブルに突っ伏して眠っていたサミュエル王子の姿も見えない。

「妙ですね~……皆さん何所に行ったのでしょう?」

ミラージュが持っていた荷物をドサドサとテーブルの上に置いたとき、外で物凄い騒ぎが起こった――