ガラガラガラガラ……

 緑色の草原を突っ走る二頭立ての荷台馬車『レベッカ』号。嫌がる私の意見も聞かずにミラージュとサミュエル王子が勝手につけた名前だ。
今朝も雲一つない青空だった。まあそれも当然。私が雨が降らないように天候を操作しているからなのだけれど……。


「今朝も『レベッカ』号は快適に走るな!」

サミュエル王子が嬉しそうに馬車を飛ばす。 

「ええ、さすがは我らの『レベッカ』号ですわ!」

 2人は私に敬意を示してこの馬車に『レベッカ』号と命名したそうなのだが、果たして本当にそうなのだろうか? 『レベッカ』号と連呼する2人を見ていると意図的に名前を付けられてしまった気がするのだけど……?

「ところでレベッカ、その女盗賊のアマゾナが支配している村って言うのはまだ遠いのかい?」

御者台の上からサミュエル皇子が振り返り、私を見ると尋ねてきた。

「えっと先ほども言いましたけど、アマゾナはもう女盗賊はやめました。それに支配しているっていうのも語弊があります。正しくは管理しているです。まあつまりは村長さんみたいなものですね。でもそうですね……もうすぐ村の入り口が見えてくると思うのですけど」

「なるほど、ではアマゾナに会ったらそれらしく敬意を払って挨拶しないとな」

サミュエル王子はにこやかに答える。そう、この人の良いところはこういうところなのだ。第3王子という高貴な身分の出自なのに、そういったところを一切ひけらかさない。おおらかで、誰にでも分け隔てなく同じ態度を取り、決して威張る事は無い。全くあのクズ王子とは雲泥の差だ。

「レベッカ様、村の名前は何というのでしょう?」

ミラージュが尋ねてきた。

「『アルト』という村よ。でも本当に小さな村だから2人とも期待しないでね? 宿屋も村に1軒しかなくて『カタルパ』の村よりもずっと小さな村だから」

いや、あそこ迄規模が小さいならもはや村とは呼べないかもしれない。「集落」と呼ぶべきだろう。
すると視力の良いミラージュが声を上げた。

「あ! 村です! 前方に村が見えました! あれが『アルト』の村ですね!?」

それを聞いたサミュエル王子は驚いた。

「ええ!? 村? 村なんてどこにあるんだい? ちっとも俺には見えないけど? これでも視力はいい方なのにな……」

サミュエル王子が必死に目を凝らしている。

「サミュエル王子。無駄ですよ。ミラージュの視力に適うものは誰もいませんから」

「え? どういう事だい?」

「フフフ……サミュエル王子はどうもすぐに私の正体を忘れるようですね? いっそ忘れる事が無いようにずっとドラゴンの姿をして、その姿を脳裏に焼き付けて上げましょうか?」

ミラージュが含み笑いをする。

「いえ、それだけはやめて頂戴」

間髪入れず私は静止した。ミラージュは黒髪の美女なのにひょとして人間の姿でいるよりもドラゴンの姿の方が好きなのだろうか? 私から言わせると出るとこは出て、引っ込んでいるところは引っ込んでいる、まさに理想のナイスボディなのに。

「いや、その気持ちだけで大丈夫だよ。ミラージュがドラゴンだって事は忘れたことは無いからさ」

ハハハハと笑うサミュエル王子。

「サミュエル王子、ドラゴンであるミラージュの視力はとてもいいんですよ? 明るい場所なら10k先の物まで見えるし、暗闇だって同じくらい夜目がきくんですから。おまけに耳だってすごーくいいんですよ?」

そう、だから私があの時リーゼロッテの罠にはまって簀巻きにされて滝つぼに落とされそうになった時。ミラージュは私の叫び声を聞きつけ、その叫び声から遠く離れた私を見つけて一瞬で助けに現れてきたのだから。

「そうか、やはりミラージュは偉大なドラゴンなんだね……あ! 村だ! 村が見えてきたぞ! ミラージュ、あれがそうだろう!?」

「ええ、そうです。それにしてもサミュエル王子は人間なのに視力がとても良いのですね?」

ミラージュが感心している。

「だろう? でもまだまだミラージュには負けるよ。俺ももっと精進しないとな!?」

こんなことをさらりと言ってのけるサミュエル王子。

うん、やはり彼は今まで私が出会ってきた人々とはどこか違う。ずっと一緒に旅を続けられればな……。私はサミュエル王子を見つめながら願った。

さて、もうすぐ『アルト』に到着する。

アマゾナの驚く顔が今からとても楽しみだ――