「お願いですっ! 待って下さい!」

女将さんは今にも泣きそうな顔で私たちの間に入ってきた。

「おい! 女将っ! 何故止めるっ! こいつらが先にいちゃもんをつけてきたんだぞっ!?」

つるっぱげ男がわめいた。

「うるさい! お前たちのその顔の造り自体が罪なんだ! いちゃもんをつけられても当然だろうっ!?」

「ええ、そうですわっ! そのむやみやたらに光らせているハゲ頭も見ているだけでイライラしてきますっ!」

いやああっ! サミュエル王子もミラージュも滅茶苦茶な事を言う!

「おいっ! お前……また俺をハゲと言ったなっ!」

ハゲ男はさらに顔を真っ赤にしている。

「てめえらっ! これ以上うちのボスのハゲ頭を侮辱するなっ!」

「ああ! そうだ! ボスだって好きでハゲたわけじゃないんだっ!」

今まで黙っていた手下たちもついに言葉の応戦を始めた。すると……。

「やめてくださいって言ってるでしょうっ!!」

突如おかみさんが大声で叫んだ。その声の迫力に私たちはシンと静まり返った。

「こちらのお客さんたちの様子がおかしくなってしまったのは……私の……いえ、料理人のせいなんですよ」

あ、今この人……責任転嫁した。

「酷いっ! 俺だけに責任を押し付ける気かっ!?」

そこへエプロンをつけた男が厨房から駆け付けてきた。

「うるさいわねっ! だって……仕方がないじゃないの……っ! すべてはこの森にすみ着いた魔物のせいなんだからっ!」

女将は声を荒げてエプロン男に怒鳴りつけた。

「魔物……ですか?」

背後でミラージュがサミュエル王子に話しかけているのが聞こえた。

「ああ、確かに聞いた。魔物とこの料理の因果関係は何か分からないが、今無性に血がたぎっている。暴れたくて身体がうずうずしていたところなんだ」

「まあ偶然ですね。私も同じことを考えていました。魔物退治……ひと暴れするにはちょうどよさそうです」

……何やら2人は物騒な事を話しだしている。するとそれを聞いていたハゲ男が不敵に笑った。

「は? お前たちだけでこの森に巣食う魔物を退治するっていうのか? 悪い事は言わん。やめておけ。魔物退治は俺たちがするんだからな。その為にこの女将たちに雇われたんだ。かれこれ3日間魔物を探しているが見つからず、今昼休憩に来たところなんだ」

「え……? そうだったんですか…?」

私はハゲ男を見た。

「そうだ。俺達は4日前にこの村へやって来たんだよ。この森の奥にはハーブが原生している草原があるのだが怪しい魔物が住み着いてからハーブの味が消えてしまった。それだけじゃない。村中の家庭に保管していた香辛料の味も消えてしまったらしい」

ハゲ男が説明してくれた。それを聞いたサミュエル王子が尋ねる。

「だが、本当にそれが魔物の仕業なのか? 誰かその姿を目撃しているのか?」

「あ、ああ……俺が見たんだよ」

すると手を挙げたのはエプロン男だった。

「今から半月ほど前か……村中の香辛料の味が消えて、その料理を食べた者達は皆様子がおかしくなってしまったんだ。そう……丁度今のお客さん達みたいにな。思ったことを平気で口に出したり、揉め事が起こったり……その症状を引き起こしていたのは味の消えた香辛料を使用した料理を食べたことが原因だったんだよ。それで俺達は原因が分るまで香辛料を使わない料理を食べていたんだ。そんなある日俺は……見てしまったんだよ。そう、あれは新月の夜だった……」

エプロン男はまるで物語のような口調で語りだし、私達はいつの間にか彼の周りに椅子を持ってきて話に耳を傾けた。

「真夜中、不意に目が覚めた俺はベッドからムクリと起き上がり、厨房へ向かった。何故真夜中に厨房へ向かったか? そんな野暮な事は聞くなよ? 恐らく俺の野生の勘が働いたのさ。そしたら厨房から何か音が聞こえてきたんだ。そう……まるで何か重たいものを引きずるようなズルズルとした音が……」

まるでホラー話をするようなその口調に、私達はすっかり引き込まれて聞き入っていた。
……恐ろしい、なんと巧みな話術なのだろう。
そして男の語り口調は続く。

「その音を聞いたとき……俺は手元にあったモップを握りしめ、そっと厨房を覗くと……なんということだ……そこには巨大な花の形をした化け物が長い触手を伸ばして容器の蓋を開けて香辛料の匂いを嗅いでいたのだっ!!」

いきなり大きな声を上げたので、私達の肩がビクリと大きく跳ねる。

「そいつは一通り香辛料の匂いを嗅ぐと……満足したように帰って行った。それからだ……その日を境に、この店に置いておいた香辛料の味が全て消え、魔物が触れた香辛料を使用した食材を食べた者は……皆おかしくなってしまったのだ……」

エプロン男……もとい、シェフはがっくりと肩を落とした――