あれは、わたしが八歳の時のことだ。

 当時、お母様はエッケハルトを妊娠中で、つわりがひどかったため、わたしの遊び相手はもっぱらお父様だった。

 そんなお父様と領地を散歩していた時に、わたしはうっかり溝にはまって怪我をしてしまった。

 顔面からべしゃっと転んだわたしは額を切ってしまい、その傷からはだらだらと血が溢(あふ)溢れた。おでこって、それほど大きくない怪我でも、びっくりするほど血が出るのよね~。

 お父様は血を流すわたしに滅茶苦茶大慌てをして、ぎゃーぎゃー叫んで、わたしを抱きかかえると、近くの町の病院まで急いだ。

 わたし、実は前世で看護学校に通っていた学生だったから、傷の手当ての方法くらいわかるんだけど、さすがに怪我をしたばかりで痛くてそれどころじゃなくて、痛みを我慢しているうちに慌てまくったお父様に運ばれてあっという間に病院に到着した。

 でも、運が悪いことにその日の病院は通院者でごった返していて、すぐに治療を受けられるような状況ではなかったのだ。

 お父様が半泣き状態で『娘が! 娘があ!』と叫んでいるのをやれやれと思いながら見やりつつ、『これ、前世だったら縫うレベルの怪我かなあ。針と糸を煮沸消毒したら、自分で縫えるかなあ』なんて、ちょっと冷静になったわたしが考えていた時だった。

『血だらけだな』

 大騒ぎしているお父様を眺めていたわたしの背後からそんな声がした。

 見上げると、長い銀髪を首の後ろでひとつに束ねた、藍色の瞳の背の高い青年が立っていた。

 銀糸の刺繍の入った真っ白い詰襟の制服は知っている。聖魔法騎士団の制服だ。

 ……わっ、めっちゃイケメン! お父様も顔だけイケメンだけど、この人の方がカッコいいかも!

 お父様は顔がよくても中身が残念すぎるので、どうもイケメンだと思えない。