大きなトランクをふたつ抱えたまま、わたしは途方に暮れてつい大声で叫んでしまった。「とー」「おー」「ぉー」とわたしの叫び声が反響して風に攫われていく。

 汽車の駅からここまで連れてきてくれた辻馬車の御者が、御者席に乗ったまま、ものすごく言いにくそうな顔で訊ねてくる。

「お嬢さん、本当にここが自宅なのかい?」

 御者の言葉に一縷の望みを見出しかけたわたしは、すぐにその希望を打ち捨てた。

 ハインツェル伯爵領で、領主の邸に連れていってくれと言って間違える御者がいるだろうか。

 それに、ものすごく荒れ果ててはいるが、門の奥に見える庭にあるものは見覚えのあるものばかりだ。

 ……あのブランコはお父様がエッケハルトのために作ったものよ! あの四阿は三年前に新しく作ったものでお母様のお気に入り! あっちの大きな木も見覚えがあるわ。お父様が木の上から下りられなくなっていた野良猫を助けようとして登って落っこちて大怪我をしたんだもの! つまりここにあるものはぜーんぶ、うちにあったものなのよ!!

 そうやって総合的に考えると、やっぱり目の前の荒れ果てて寂びれた邸は、我がハインツェル伯爵家ということになる。