使者がまたやってきた。会談を開きたいという。オレは了承する。互いの中間点ほどに設けられた場所に天幕を立てて、行うことにした。

 黒ひげの熊のような北方の長がどっかりと椅子に座る。巨体で、目をギラギラさせて威圧してくる。

「こちらの条件を飲んでくれるのならば、良い提案がある」

「とりあえず話を聞こう」

 オレは負けないように、余裕ある笑みを浮かべてみせる。

「ワシの娘を人質に嫁にやろう」

 はぁ!?いらないぞっ!と言おうとしたが、冷静になれ。オレ!と言葉を飲み込む。

 つまり相手は娘を渡しても良いと思うほど、切羽詰まってるのか?

 とりあえずリアンの最後の玉を割る。

『あちらから人質を渡すと言われるでしょう。でも、きっとウィルバートの性格的に受けないはず。ならば儀式を行うべし』

 細かい儀式の手順が記されている。ここまで予想していたのか?しかし……なるほどね。リアンはそういう手を使うか。面白い。

「どうした?」

「……セオドア!葡萄酒を持て!」

 言われたセオドアが慌てて取りに行く。突然のことに驚き、ギョロリとした目を見開く長。

「申し訳ないが、娘は断る。その代わり兄弟である儀式を行いたい」

「なっ!……こちらの風習を知ってるのか?まさか……そんな……」

 動揺する北方の長。

「争うばかりが解決策だとは思わない。どうだろう?このへんで手を打たないか?税はその年によって変動させよう。不作の年は減らそう。統治はより良くするために、多少の口は出させてもらうが、基本的にはそなたらの部族に任せたいと思っている」

「あ、ありがたい申し出だと思う……この北方はどうしても気候が悪く、不作であれば冬を乗り越えられんのです。今年の冬も厳しく……よく理解してくれて……」

 言葉に詰まりだす長。でかい熊のような男が、まさか泣くんじゃないのかと思って、オレと他の騎士たちが見守る中、セオドアが帰ってきた。

「持ってきました」

 葡萄酒が入ったグラスを渡す。カチリと音をさせて乾杯し、儀式の言葉を言う。

『兄弟のために尽くすことを誓う』

 ありがたいと何度も言いながら、長は帰っていった。セオドア達が驚く。

「この北方の長がきちんと話を聞き、あんな顔をしたのは初めてみました!」

「陛下、あの儀式はなんだったんですか?」

 今まで、話し合いにもならなかった。長が心を開いたのは……リアンが儀式をすると良いと提案した部族の風習のおかげだ。

「この地方では、親しい者を兄弟と呼ぶ。なにか大事な約束をするときは葡萄酒を飲みながらかわすんだ。蛮族と思って、今まで話し合いをしてきたが、大事な風習をこちらが理解してくれたことで、心の歩み寄りがあったと思ってくれたんだろう」

 騎士たちが感嘆のため息を吐く。血を一適も流さずに終えれたことの意味は大きい。

 セオドアは何が起きたか気づいていた。リアンの三つ玉をオレが開いていたからだ。驚き、リアン様はいったい何者なんですか?と呟いていた。

 王宮に帰ると、おかえりなさーい!と明るく出迎えてくれたリアン。……寝ていたらしく、頬に手の跡がついていることは言わないでおこう。