爽々と木々が揺れた。穏やかな空気が包み込む庭園でリアンとお茶をしていた。この王宮でゆったりとした、こんな気持ちで過ごせるなんて夢のようだ。

 でも現実は容赦なくやってくる。

「明日から、北の蛮族平定へ行ってくる。あー、せっかくリアンとこうして過ごせるようになったのになー。行きたくないなー」

 クスクスとリアンが可愛く笑った。冗談じゃないんだけどな。一緒にいたいなー。

 護衛として控えてるセオドアがコホンと咳払いした。ちゃんと行くよ……。

 なかなか北方の乱がおさまらない。火を消しても、また争いの火が点いてしまう。

「北の方は少し苦戦してるのね。無事に帰ってきてね。気をつけて……これ、お守りよ」

「えっ!?わざわざ作ってくれたのか!?」

 恋人が無事に戦から帰ってきますようにという願いをこめた刺繍入りのハンカチか!?リアンからくれるなんて!と、感激した。

 ハイ。…………それじゃなかった。だよな。

 リアンは小さな袋をくれ、中を開けると三色の小さなくす玉が入っていた。

「青、黄、赤の順番に、困ったことが起きたら開けてみてね。困るまで開けちゃだめよ?」  

 これは?とは聞き返さなかった。リアンは私塾でも女性ながらにしてトップだった。国一番と謳われる私塾で師匠もオレも、同じ塾のやつらもリアンの才は認めていた。

 だから、ただのくす玉ではないとわかった。ある意味、最強のお守りだ。

「わかったよ。承知した」

「じゃ、私はあなたの無事を祈りつつ、ゆ〜っくり怠惰に過ごさせてもらうわ」

 怠惰生活、まだ続けるのか!?それ、王妃にならないための計画だったんだろ!?と思いつつも、まぁ、リアンが幸せであれば、なんでも良いやと思った。

 北方に着くと、布陣をひく、野営の準備と退却するための道を必ず確保する。負ける気はしないが、兵は攻めるより退く方が難しい。想定はいくつもしておくべきだ。

「陛下、相手は簡易なものですが、城を作り、その周りを柵で囲っていて、中から出てくる気配がありません」

 セオドアが言う。他にも腹心の三騎士が会議場にいる。一番長引く、戦法できたか。籠城は嫌だな。こちらはそんなに食料も持ってきていないし、時間が経てば経つほど戦費もかかるし、兵の士気も下がる。

「時間の無駄だな。さっさと己の身の程を思い知らせてやるか?」 

 相手は罠を張っているだろうが、戦力差でこちらが勝つだろうと目を細めて、オレは残酷な笑みを浮かべた。罠をどれだけ張ろうが、慎重に崩していき、相手の将の首をとる。なにより、すでに内部に放っている内偵がうまくいけば、罠が何なのかもわかるだろう。

 椅子の肘置きに頬杖をつき、余裕と自信があるように見せる。王は負け戦であろうが、どんな戦であろうが、不安がつきまとったとしても、その姿を決して見せてはいけない。それが皆を率いる王だ。……時々、弱音を吐きたくなることは正直あるけど。

「リアン様と離れると、以前の陛下に戻りますね。こちらの陛下のほうが我々としては良いですけどね」

 セオドアが余計なことを言う。皆にそうやって求められる王様の顔を作っているだけだ。本心は戦なんてしたくないんだけど……早く帰って、リアンとゆっくり過ごしたい。

 セオドアの言葉は無視して、地図を眺める。そういえばとリアンが何かくれたなと……思い出し、懐からもらった袋を取り出して、青のくす玉を割ってみる。中から紙。

『敵が陣中より出てこない時は、野営のテントを増やし、夜の焚き火も倍にすること』
 
 なんです?それ?と覗き込むセオドア。なるほど……とオレはハハッと笑いが出た。リアンらしい策だった。この策は現状に当てはめると、いける!そうオレは判断した。椅子からバッと立ち上がる。

「テントをあるだけ、全部出せ。夜は焚き火の数を増やせ!今の倍になるように!」

 セオドア達は不思議そうにしていたが、すぐに指示されたことを行動に移した。次の日の昼頃に戦況は動いた。

 あちらから使者を送ってきたのだ。

「陛下!相手が話をしたいと言ってます!」

 使者は条件をだしてきた。北方の地に入らないこと。税は納めないこと……そんなめちゃくちゃな言い分、のめるわけ無いだろ!いい加減にしろよ!と思ったが、落ち着け、煽るのが相手の策だろうと、自分に言い聞かせ、表情を動かさないように気をつけた。

 とりあえず相手を怒鳴る前に、リアンの玉をもう一つ割ってみるかな。ちょっと頭が冷えるかもしれない。

『条件を出してきたら、一度考えると言うこと』

 ええええ!?オレはさっさと攻めて落としたいが……どうするかなぁと一瞬、迷ったが、リアンの策の目指すところが、なんとなくわかるので、多少、待ってみるかと思い、そう言ってみることにした。

「考えてみる。そちらの部族の長にそう伝えてくれ」

 使者が驚いた顔した。ふざけるな!と斬られる覚悟をしてきたようだ。ペコペコととまどいを隠せないまま、お辞儀し、帰っていく。

 セオドア達が、どういうことです!?と騒いでいる。

「相手はこっちを怒らせて、斬られたらラッキーだと思っているはずだ。使者に無礼なことした!やはり話し合いができない奴らだ!やるぞ!……って士気をあげて戦に持ち込みたかったんだろ」

「籠城作戦をなぜいきなり変えたのでしょう?」

「相手はテントの数と夜営している焚き火の数を数えて、かなりの兵数だと思って絶望したからだろ」

 そこでハッとする騎士たち。最後のくす玉には何があるのか?リアンには恐れ入る。兵法を『趣味なのよ。この策に嵌めてく感じがたまらないわー』と言って本や過去の戦法などを読みつくしていたが……実際に使い出すとはね。私塾で共に学んでいた時も時々感じた、ゾッとするほどの才。王妃なることや後宮にいるという足枷もなく、リアンが自分の才能を使いだしたら、どうなるだろう?

 まぁ……そんな彼女は今頃、ゴロゴロ怠惰に過ごしているだろうけどね。