「石川さんの寿命は、あと一年です。」

ある日俺は、余命宣告をされた。
ドラマやアニメの王道すぎるが故に、これが自分に対しての言葉なんて理解が追いつかない。

俺の担当医に曖昧な返事を投げたあと、無気力に病院を去っていった。

帰りの電車の中、混ざりいる知らない人達の声ですら急に恐ろしく感じる。

俺はどうなるのだろうか。

俺は、何がしたいのだろうか。

考えれば考えるほど頭の中がぐちゃぐちゃになっていく。

明日から、高校に入学するのに。
明日、青春の大きな1ページが進むのに。

こんな濁った思いを抱えたままいるのも嫌だが、
俺はこの余命宣告を、認められるのだろうか。



【第1章 青春の兆し】

ジリリリリ、ジリリリリ。

昨日の事なんて何も無かったかのように進む時間。
いつもと何も変わらない家。

他の学校や中学の時と比べてセンスが良くなって、母さんがアイロンをかけてくれた新品の制服に身を包んで、昨日の夢を忘れようと、初めての通学路を歩いていく。

小さな高い声で、力強く鳴くすずめ達。
少し前まで居なかったのに、春になった途端活発に町を飛び回るモンシロチョウ。

幼いあの頃から変わらないこの町並み。

こんな平和な世界に包まれているのに、俺の余命があと一年な訳が無い。

昨日まで降っていた雨が止んで、カラカラになったアスファルトの上を上機嫌で歩く。

少し道を行ったところに黒猫がいた。

野良猫にしては毛並みが綺麗だったので、どこかの飼い猫が逃げ出したのかなと思いながら、いつもより声のトーンを上げて話しかけてみる。

猫は目が合うなり走って逃げてしまった。

ここは車が沢山通るから危ないよーとだけ伝え、ふと上の方を見てみると

坂道の上の方に大きな建物が見える。あれが俺の通う高校、光坂高校だ。

少し駆け足で門をくぐるとそこは、新入生や、先輩、保護者、先生などでとても賑わっていた。

「新入生は、、、あっちか。」

そう呟きながら、桜の咲き乱れた道を歩き、
クラス表が貼られている掲示板を確認する。

"一年B組 石川 大和"と書いてあるところを見つけたので、人混みを掻き分けながら1-Bへ向かう。

「ここが俺の教室!」

中学の頃と比べやや大きくなった気がする机と椅子。見慣れないクラスメイト、窓から差し込む日差しとそこから少し見える桜の木。

俺は、いかにも青春の1ページ目って感じの自分が見ている世界に感動していた。



入学式も無事終わり、それぞれが帰宅しようとしている中、俺は屋上に上がって行った。

俺は小さい頃から、なにかがある度にいつも空を見上げていた。

無限に広がり、綺麗なグラデーションを作り出す空を見ていると、なんだか気が楽になる。

タンタンという足音だけが耳に残り、響く。

思い切り屋上の扉を開け放つと、広がる夕空と舞った桜の花びらが俺を出迎えてくれた。
ここは俺だけの秘密の空間だ

と思ったのもつかの間、端の方に誰かが居た。

「すいません!俺、1-B石川大和って言います!お隣失礼します!」

と叫ぶと、その人は目を丸くしたまま僕をじっと見つめてきた。

「赤い上履きだから、2年の先輩ですよね!お名前、なんて言うか教えてくれませんか!」

と食い気味に言うと、呆れた顔でボソッと
「黒瀬海斗」とだけ答えてくれた

「海斗先輩!よろしくお願いします!」

海斗先輩は、重いため息をついて口を開いた。俺にはこれ以上関わるなって。

なんでですかって聞いてみても、関係ないとか、お前が知っても何もメリットがないとか言ってはぐらかされる。

まぁ仕方ないか、まだ初対面だしね。
ちょっとグイグイ行き過ぎたかも。

「それじゃあ、さようなら!」

ん、と答えて、海斗先輩の視線は綺麗な夕空に戻された。その横顔は、オレンジ色に輝いていた。




俺は、俗に言う不良だった。
1年の頃からずっと貫いてきたこの姿勢。

今更戻す事は出来ないし、戻そうとも思わない。

そんな俺は、よく誰もいない屋上で一人、空を見上げて黄昏ていた。

そんな日々が続いたある日、いつものように屋上でぼーっとしていたら、変なやつが入ってきた。

そいつはバカでかい声で自己紹介をしたあと、俺の名前を聞いてきた。

正直いうかどうか迷った。

でも、どうでもよかったから言った。

その後すぐに、嵐のように去っていった。
なんだったんだよあいつ。





次の日の放課後も。俺は屋上に向かう。
昨日出会った海斗先輩がいる気がしたから。

そしてそれにはもうひとつ、理由がある。
新しくできた友達の翔にこのことを話すと、海斗先輩はどうやら有名な不良だったらしい。

だからみんな寄り付かないらしいけど、そんなの俺にはまっっっっっったく関係ない。

昨日みたいに勢いよく扉を開けると、やっぱり居た。昨日と同じ場所で1人佇む海斗先輩が。

「なんで来たんだよ。」

相変わらずの目つきで睨む先輩に俺は笑顔で返した。

「また会いたかったからです。」

「関わるなって言っただろ」

「いいえ!関わります!」

「なんでだよ」

「先輩が不良だって俺、聞きました。」

「なら、、、余計になんでだよ」

そう言うなり悲しそうな目をする海斗先輩。みんなから避けられてきたから。それなりに辛い過去があったから。きっとあんな目をしてるんだ。

「先輩が悪い人には見えなかったからです!」

海斗先輩は驚いたように髪を耳にかけた。
まるで幽霊でも見たかのように。

「だからこれから、沢山関わって確かめます!」

「はぁ、、、勝手にすれば?」

「はい!勝手にします!!」

海斗先輩の頬が少し緩んだように見えた。



「〜♪」

鼻歌を歌いながら門を出て、少し力を込めて1歩1歩を踏みしめてみる。

下り坂だという事もありスピードも増し、
頬にあたる涼しい風が心地いい。

入学早々先輩と仲良くなれた。

テンションもかなり上がっていたから、
自販機でサイダーを2本買った。
ひとつは俺の分、もうひとつは姉ちゃんの分。

姉ちゃんにも自慢してやるんだ。
海斗っていう先輩と仲良くなったって。

それで、、、正直に伝えたい。

「俺の寿命は、あと1年」って事。



「ただいまー」

学校にいる時より声のトーンを落とし、気怠げに帰ったことを告げる。

リビングには、課題を隅に寄せ、真ん中にスマホが置かれた机に向かう姉ちゃんの姿があった。

「姉ちゃん、ジュース買ってきたよ」

「マジ?ダイエット中だけど、まぁいっか。」

「そんなこと言ってるから一生上手くいかないんだよ。」

「うるさいわね。生意気言ってんじゃないわよ」

「はーいはい」

恒例の口論を繰り広げた後、グラスをふたつ持ってきてソファに座りながらテレビに目をやる

「姉ちゃんこーゆーのが好きなの?」

テレビに写ってるのは、いわゆるBL。ボーイズラブの恋愛ドラマだった。

「納得いかないなら出ていきなさい」

「はいはい多様性の時代ですねー」

グラスにサイダーを注ぎながら適当に受け流すと、横からクッションが飛んでくる。

全く、なんて凶暴な姉なんだ。

なんでこんなガサツな姉にも、寿命のことを伝えるのを躊躇っているのかわからない。

パッと言って、治療費もらって。
早く学業に専念したかったのに。

「姉、、、ちゃん。」

「ん?」

ヘアバンドをつけたすっぴんの姉ちゃん。
可愛くもブスでもない顔面の姉ちゃん。
赤ちゃんの頃から追いかけてきた姉ちゃん。

後ろで震える手を震える手で握りしめながら、
目を合わせないまんま声を絞り出す

「俺、余命宣告されてさ。あと、、、一年だって」

「は?」

訳が分からないと言うようにドラマを止める。
聞き返されても、同じ事を繰り返すしか無かった



姉ちゃんは一旦頭を整理すると言っていたから、
俺は自室に戻り、寝転がってスマホを開く。

中学時代の友達と撮った卒業式の写真。
この時は、余命なんて考えてもいなかった。

入学の前日に病院になんて行くんじゃ無かった。

こんなの酷いよ。

俺、まだ15だよ。

部活で大会とか出たいよ。

卒業旅行とか行きたいよ。

大人になりたいよ。


"死にたくないよ。"



気づいた時にはもう遅かった。
涙が頬を伝って、耳の横を滑って布団に落ちる。

「う、、、うぅ、、、うぁあ、、、っ。」

俺が何をしたの?もう治らないの?



出てくるのはネガティブな考えばかり、


俺は、深い海に落ちていくように眠りについた。