重い足取りで辿り着いた、及川くんのアパートのブザーを鳴らす。

「あれ?三井さん。どうしたの?」

こんな風に、いきなり訪ねてきたのは初めてなので、困らせてしまったかもしれない。

それに、あの男の言葉で、不安にもなっている。

「ごめんね、遅くに。少し顔見ていこうと思っただけだから、もう帰るね」

「えっ、せっかくだから、寄っていってよ」

「だって、明日の朝、早いでしょう?」

「いいよ、別に」

お言葉に甘えて、彼の部屋に上がる。

誘惑という、男の言葉がちらつく。

正直、誘惑の仕方など知らない。

キッチンに向かおうとする彼の手をそっと握ってみた。

及川くんは、驚いたように私を見ている。

私は手を握りしめたまま、じっと彼の瞳を見つめてみた。

誘惑と言われても、そんな子供じみたやり方しか出来なくて…。