特にそれを問題だと意識したことはなかったが、社会人になってなかなか会えなくなったことや、急に現れたこの男に心をかき乱されているせいなのか、何故だか突然、及川くんの気持ちが見えなくなって、不安になる。

「そんな暗い顔するなよ。俺なら、嫌というほど可愛がってやるのに」

本来、こんな不躾な言い方をされたら激怒して終わりなのに、何故か怒れない。

この男がどうこうというより、何でもわかりあえていると思っていた及川くんの気持ちが見えないことが、不安で仕方ないのだ。

「試しに、誘惑してみたら?それでも何もなかったら、完全にアンタ、失恋だよ」

結局、ただただ嫌な気持ちにさせられただけで、とりあえずこの男との食事は終わった。

誘惑ね…。

もう夜も遅いが、少しだけアパートに顔を出してみようか。

幸い、最寄り駅は今も同じだから、一瞬、顔だけ見て帰るぐらいなら…。