しかし、いま目の前にいる、この名前も知らない男は、人の演奏を貶しておいて、私を気に入っただの、俺の女になれだの、どうかしている。

ルックスがいいというだけで、それほど自信満々になれるのかと呆れてしまう。

及川は、この男のような華やかさはないものの、私は彼の顔が大好きだ。

言わずもがな、好きなのは顔だけではないが。

「俺さ、欲しいものは何が何でも手に入れないと気が済まないんだよな」

傲慢な男は言う。

「私はものじゃありませんから」

「だとしても、同じことだ。最初に言っておくよ。俺はアンタを諦めるつもりはない」

そう言うと、何か走り書きして私に押し付けて、さっさと去っていく。

これが、いわゆる俺様というやつなのだろうか。

現実に居るとは思わなかった。

名刺の裏に、プライベートの電話番号を書いてあった。

こんなもの貰っても、私が連絡するわけがない。

名刺を破ると、駅のゴミ箱に捨てて帰宅した。