私はただの遠距離(エン)恋愛(レン)のカノジョだから、まず「敦夫が死んだ」という情報にたどり着くだけでも、ちょっと時間を要した。
 社員寮の管理のおじさんに電話したら、『え、ひょっとして何も知らないの?』と言われて何秒か置いて、「実はね…」と教えてくれた。

 彼の実家に行ったことはないけれど、初めて連絡先を交換したときのメモは、大事に取ってあった。
 
 思い切って電話をして、お線香をあげたいと言うと、『…わかりました。お待ちしています』と事務的に言われた。

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 敦夫は中学生の頃にお父さんを病気で失くして母子家庭だったこと、年の離れたお兄さん夫婦が同居しているということは前から聞いていた。
 話を聞くだけで、みんな優しくて気を使う人たちで、だからこそ「しんどい」って思うことも多いのが分かった。
 お母さんは地元で就職することを望んでいたけれど、とりあえず家と距離を置きたかった彼にとって、就職はいい機会ただったりしい。
 単純に家族と合わず(・・・)、とにかく家を出たいと思っていた私とは何かが少し違うけれど、私たちは結構似たもの同士だったのかもしれない。

 まだ四十九日の納骨前なので、お骨が入っているという白い箱と、少し幼さの残る写真の前で、私はお線香を上げ、手を合わせた。
 あんなに背が高かった敦夫が、今はこの箱(の中の壺)に全部おさまっているなんて、とても信じられない。

「5月の連休――あの子、一度も家に帰ってこなかったのよね…」
「はあ…」
「ひょっとして、あなたのところに行っていたの?」
「そうです…」

「お盆休みも1日だけ渋々帰るみたいなこと言っていて――あなたに恨み言言うつもりはないけど…」
「はい…」
「でも――もうここには来ないで。私はいつかきっとあなたに、取り返しのつかないひどいことを言いそうだから…」

 そう言って肩を震わせて泣く、敦夫にどことなく似た中年女性に、私は何も反論できなかった。
 「お邪魔しました…」とだけ言って、逃げるように帰った。

  中央分離帯のガードレールにぶつかって、その場で転倒した。
 近くを走っていた車がそれを見付けて通報したが…ということらしい。
 
 かなりスピードを出していたらしいので、途中のサービスエリアで仮眠を取り過ぎて焦っていたのかもしれないし、それ以外の理由かもしれない。

 でも、「彼がそんな時間になぜ高速道路を走っていたか」という理由なら、「私のところからの帰り」と簡単に説明がつく。
 敦夫のお母さんにしてみたら、「人殺し!」という言葉が出てくるのは時間の問題だったろう。

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 もう変なアメ玉買わないし、歯もちゃんと磨くし、「口うるさい」なんて文句言わないから。
 また温かな手で髪を「くしゃっ」てして、「おやすみ」って言ってほしい。

 ビデオデッキなんて要らない。
 映画なんて、トイレ我慢しながらテレビで見てもいい。
 ううん、ちゃんと敦夫の言うとおり、トイレを済ませてから見ればいい。

 代わりに、ビデオみたいにあの日まで巻き戻せる機械が欲しい。

[了]