キスで溺れる同居生活〜年下御曹司は再会した幼なじみを愛し尽くしたい〜



「いつかつづちゃんのこと迎えに行くね」


 別れる時、彼はくりくりの黒目で真っ直ぐ私を見つめながらそう言った。


「ぼく、つづちゃんのこと守れるような男になるから」


 真剣な表情の彼はまるで小さな騎士(ナイト)だった。


「うん、絶対また会おうね! あやくん」


 二歳年下の弟みたいなかわいい存在。
 離れ離れになっちゃうけど、これから先もずっと私のかわいい弟。

 きっといつか再会できると信じていた。

 だけど、まさかこんなことになるなんて、あの当時は思ってもいなかった。


「今日からつづは俺専属の世話係だから。身の回りの世話はもちろん、“こっち”もよろしくね?」



 そう言って彼は小悪魔みたいに微笑み、私の唇を奪った――。



「ありがとうございました〜!」

「ちょっと(つづり)ちゃん!? 学校に遅刻するわよ!」

「あ、山本さん。大丈夫です、もう上がりますから」


 朝八時。
 これから五分で着替えて走れば始業時刻には全然間に合う。

 ぜーんぜん余裕!


「毎朝五時からえらいけど、この後学校でしょ? あんまり無理しないで、体壊さないでね」

「ありがとうございます!」


 同僚で主婦の山本さんは、シフトが被ることが多く私と同じ高校生のお子さんがいることもあり、何かと気にかけてくれる優しいお母さんだ。


「行ってきます!」

「行ってらっしゃい!」


 ほぼ毎朝五時から八時まで学園から徒歩五分圏内のコンビニでアルバイトをしてから登校するのが私、千歳(ちとせ)(つづり)の日課。

 ちなみに下校して十八時から二十二時まで働くこともある。
 学業との両立は大変だけど、何とかやってます。


「おはよう!」

「お、つづりんおっは〜」


 金髪のロングヘアを綺麗に巻いて、白雪姫みたいな白い肌に目力強めのギャルメイクが似合う彼女は、(たかむら)紗良(さら)ちゃん。

 高校生になってからずっと仲良しの大好きな友達。


「紗良ちゃん、今日もかわいいね」

「ありがと〜。このリップ新作の韓国コスメなんだけど〜、めっちゃプルプルでいい感じなんだよね〜」



 そう言った紗良ちゃんの唇はぷるんとしていて、発色の良いコーラルレッドが輝いている。


「ほんとだ、プルプルだね!」

「つづりんもしてみる?」

「私はいいや。似合わないと思うし」


 紗良ちゃんだからめちゃくちゃかわいいけど、私がしたら変だと思う。

 プルプルのたらこ唇みたくなりそう。


「つづりん、絶対メイク映えするのに〜。ナチュラルでいいからやってみない?」

「えー、絶対似合わないよ」

「そんなことないと思うけどな〜」


 紗良ちゃんは不満そうにプルプルリップを尖らせていた。
 紗良ちゃんは今日もかわいいな。

 その後先生がやって来て朝のホームルームが始まり、今日の授業が始まる。

 私は今年で三年生。最後の高校生活だ。
 何事もなく平穏に楽しく過ごして卒業したい。

 そう思っているのだけれど――、


「千歳綴さん、いらっしゃいますか」


 お昼休み、私は突然呼び出された。

 私を呼んだのは腕にワッペンを付けた眼鏡の女の子。
 いかにもインテリ系なその子は、生徒会役員だ。


「ごめん紗良ちゃん、先に食べてて」

「大丈夫そ?」

「うん、大丈夫」


 私はニッコリと微笑み、生徒会の人について行った。
 呼び出された場所は、人気の少ない階段下。


「単刀直入に言います。千歳さんは昨年の十二月以降、寄付金の振り込みが滞っています」



 淡々と述べられた用件は、やっぱりかぁって思うものだった。


「その際に支払われた額も十分なものとは言えません」

「あれが精一杯なんです。コツコツ貯めて、やっと振り込めたんです」

「ですが、これ以上は見過ごせません。今月中に十二分な寄付金をお支払いいただけないのであれば、あなたは退学となります」

「……」


 ああ、ついにか。
 いつか宣告されるとは思っていた。

 高校三年になってまだ一ヶ月も経っていない。
 なのに高校生活が既に終わろうとしている。


「お伝えはしましたので、今月中によろしくお願いします」

「……はい」


 生徒会の人はそれだけ言うと立ち去ってしまった。

 私は大きなため息を吐くしかなかった。


「これでも頑張ってるんだけどな……」


 朝と夜でほぼ毎日コンビニのアルバイトをこなして、節約してコツコツ貯めてるのに。
 この前振り込んだ寄付金は、結構頑張ったと思ったんだけどな。

 今月中に払えなかったら、退学かぁ。


「どうしようねぇ……」


 学校に寄付金を払うなんて普通じゃない。
 うん、普通じゃないよね。

 でも、それが私の通う糸奈(いとな)学園のルールなんだ。



 私立糸奈学園。
 ここは名家の子息令嬢が集うエリートのための学園。

 初等部から高等部までエスカレーター式で、通っている生徒は皆大企業の御曹司や政治家の娘とか、とにかくビッグな家柄ばかり。

 糸奈学園はとにかく家柄と財力重視で、学園に支払われる寄付金の多さで明確にランク付けされる。

 最上位がA組、最下位がD組というように。
 クラスによって制服も異なるという徹底ぶり。

 B〜D組はブラックジャケットのブレザーで、クラスによってネクタイの色が違う。
 B組はレッド、C組はブルー、D組はグレー。

 ちなみにさっきの子はレッドのタイなのでB組だ。

 そして、A組はホワイトジャケットのブレザーにブラックのネクタイを身に付ける。
 一目でわかる絶対的勝者の証。

 実は私、中等部まではホワイトジャケットを着ていた。
 私の父は千歳商事というアパレル企業の社長で、昔はそれなりに裕福だった。

 私が中三の時に会社が倒産するまでは。



 多額の借金を抱えて生活は苦しくなり、寄付金を払う余裕なんてなくあっという間にD組に転落。

 母は家を出て行き、父は出稼ぎ中。
 私はボロアパートに一人で住み、アルバイトをこなして生活費と寄付金を稼ぐ日々。


「まあでも、何とかなるよね!」


 なかなかの波乱万丈な人生だけど、へこたれてなんかない。
 私の唯一の取り柄は他の人より少しだけ前向きなこと。

 ポジティブさを取ったら私じゃないもん。
 大丈夫、何とかなる!


「ねぇ、あそこにいるの千歳さんじゃない?」


 ハッと気づくと、遠巻きに私を見ていたのはホワイトジャケットの生徒。

 かつてのクラスメイトだ。


「千歳さん、寄付金払えなくて退学になるらしいよ」
「落ちぶれたよね」
「元A組だなんて思われたくないよね」


 めちゃくちゃ聞こえてるけど、気にしない。
 まあ本当のことだしね。

 いちいち気にしてても仕方ないよね。


「今日も終わったらバイトだ! 頑張れ、私!」


 コンビニのアルバイトは楽しい。
 山本さんみたいな優しい人が多いし、廃棄になるお弁当とかタダでもらえるし。

 学園から徒歩五分でありながら、糸奈学園の生徒たちは誰もコンビニなんて行かないので誰にも会わないというのもメリットだったりする。

 うん、今日も頑張ろう!

 気合いを入れて私は教室に戻ろうとした。


「わっ……! ごめんなさい」


 危うく誰かにぶつかりそうになった。


 ぶつかりそうになった相手を見て、私は思わず息を呑む。

 だって、鮮やかなピンク色の髪をしていたから。

 かなり目立つ奇抜な髪色だけど、ものすごく似合っている。
 それどころかめちゃくちゃカッコいい。

 それもそのはず、そのピンク髪の男の子は目鼻立ちの整ったかなりのイケメンなんだから。
 しかもホワイトジャケットだ。

 目線の高さ的にもかなり背が高い。
 スラリとした長身で足が長く、モデルみたい。

 三年ではないと思うけど……誰なんだろう?


「どうしたの? 玖央(くおう)くん」


 ピンク髪のイケメンに目を奪われて気づいてなかったけど、隣にはツインテールのかわいい女の子がいた。

 同じくホワイトジャケットを着ていて、男の子の腕にぎゅっと抱きついている。
 彼女さん……かな?


「グレータイってことはD組じゃない。ぼーっと突っ立ってないで、どいてくれる?」

「あ……ごめんなさい」


 厳しい視線でにらみつけられた。
 こういうのはもう慣れた。

 はっきりとランク付けされるからこそ、こういう目で見られてしまう。

 特に私みたいな落ちこぼれは。


「……」


 ピンク髪のイケメンは何も言わずに行ってしまった。
 女の子は彼には甘い声で熱っぽい視線を送っている。

 好きな人の前ではメロメロなんだろうね。
 うん、かわいいね。

 なんて思いながら今度こそ教室に戻った。