「私にできるかな……?」
「できるよ」
「綴、やってみたらいいんじゃないかな」
お父さんも穏やかに微笑みながらそう言った。
「綺世くんとなら安心だ。二人で頑張ってみたらいい」
「お父さん……」
「お父さんは綴のやりたいことならなんでも応援するよ」
その言葉に思わず目頭が熱くなった。
思えばお父さんは、昔から私のやりたいことをなんでもやらせてくれた。
頑張れっていつも背中を押してくれたんだ。
「家事も一緒にやろ。今はつづに甘えっぱなしだけど、俺もちゃんとやる」
「あやくん」
「そうやって二人で助け合いながら、一緒に頑張ろうよ」
「……うん、一緒にやりたい」
自分に何ができるのかわからないけど、できることはやりたいと思った。
一人で焦って何かしなきゃって思ってたけど、あやくんは一緒にやろうって言ってくれるんだね。
年上なのに私のがしっかりしてないなってちょっぴり凹むけど、嬉しい気持ちの方が大きい。
これからも二人で頑張っていけたらいいな――。
*
「あ〜緊張したぁ」
病院から出ると、あやくんは大きく息を吐いていた。
「今までで一番緊張した」
「そんな風に見えなかったけど」
「必死で隠してたからね。てか進路のこと、なんで先に話してくれなかったの?」
私はちょっと言葉を考えてから答えた。
「ずっと考えてて自分でも上手くまとまってなかったんだ。私ね、本当は卒業したらお父さんのところに行ってそっちで就職しようと思ってたの」
「そうだったんだ」
「でも、あやくんと離れるのは嫌だなって思うようになって。だけどあやくんと一緒にいたいからお父さんのところに行かないのは、なんか違う気がしたんだ」
上手く言えないけど、それだけで本当にいいのかなって思ってしまった。
あやくんは前を見据えて頑張っているのに、なんだか自分がとてもちっぽけに思えてしまったんだ。
「でも、あやくんのお母さんが家政婦さんをやってくれてたこと思い出して、家事も立派な仕事なんだって気づいたの。あやくんが喜んでくれて、それで支えになれたら嬉しいなって」
「……つづらしいね」
あやくんは目を細めて優しく微笑むと、そっと私の手を取って握りしめた。
「好きだよ、つづのそういうとこ」
「あ、ありがとう……?」
急に好きって言われると照れちゃう……。
「一緒にいたいってそれだけで大きな理由だと思うけど、つづは真面目だね」
「そうかな?」
「destinyってブランド名さ、つづが付けたんだよ」
「えっ!?」
私が付けた? どういうこと??
「覚えてない? 運命の赤い糸ごっこ」
それを言われてぼんやり思い出した。
確かあやくんのお母さんが私の洋服の取れたボタンを縫い直してくれている時、裁縫箱にあった赤い糸であやくんと遊んでいたんだ。
『こうやってね、赤い糸をこゆびにむすぶんだよ!』
『つづちゃん、これなぁに?』
『ウンメイの赤い糸ってゆうんだって。つづとあやくんはなかよしってことだよ!』
『うんめい?』
『そう、つづとあやくんはウンメイなの!』
……なんてことして遊んでたな。
今思うとあの頃の私、何もわかってなくて恥ずかしい。
「ファッション通販サイトをやってみようと思ったのも、つづがスカート履いてる男性の写真見てかわいいって言ってたから。じゃあ誰でも好きな服を着られたらいいんじゃないかって思いついた」
「そうだったの」
「だからつづが作ったようなものなんだよ」
それは言いすぎだと思うけど、嬉しいな。
子どもの頃のことがきっかけで、私たちの出会いが今に繋がっているなんて。
「やっぱり私たち、運命だったんだね」
「俺はずっとそう思ってる」
そう言うと私の薬指にチュッとキスを落とした。
「俺もつづを離す気なんてないから。一生傍にいるって決めてる」
「あやくん……」
「これからもよろしく」
「こちらこそ!」
私は思いっきりあやくんに抱きついた。
あやくんはちょっと驚きながらもしっかり抱きとめてくれて、優しい温もりに心が満たされる。
こんな時間がずっと続けばいいと思った。
桜が咲き始めた三月。
今日は糸奈学園高等部の卒業式。
私は無事に卒業することができた。
「つづりーん! 写真撮ろ〜」
「うん!」
紗良ちゃんと一緒に写真を撮る。
紗良ちゃんは自撮りが得意で、めちゃくちゃかわいく撮ってくれるんだよね。
ほら、なんかいつもより目が大きく見えるし。
「これ加工だから」
「そうなの?」
「加工すんの当たり前だから〜」
そうなのか。どうりで顎のラインもシュッとしてるなぁと思ってた。
「一時期はどうなるかと思ったけど、無事に卒業できてよかったよねぇ」
「ほんとに。私が卒業できたのはみんなに支えてもらったおかげだと思ってるから。ありがとう、紗良ちゃん」
「なんで? あたしなんかした?」
「紗良ちゃんがいてくれたから高校三年間すごく楽しかったよ」
「つづりん〜!」
紗良ちゃんはぎゅうっと抱きしめてくれる。
「あたしだってつづりんいたから楽しかったし! うちらズッ友だから!」
「うん! これからも遊ぼうね」
二人でぎゅうぎゅう抱きしめ合っていたら、結川くんが声をかけてくれた。
「千歳さん、篁さん。よかったら写真撮ろうか?」
「えっ、いいんちょ撮ってくれんの?」
「うん、スマホ借りるね」
結川くんは紗良ちゃんからスマホを受け取り、私たちに向かってカメラを向ける。
ポーズどうしようかとわちゃわちゃしながら、二人で大きなハートを作った。
「はい、チーズ!」
「あんがと、いんちょ。おっ盛れてる〜」
「ありがとう、結川くん」
「うん、それじゃあまたね」
結川くんは手を振りながら行ってしまった。
結川くんは実家の工場で働くため、工学部の大学に行くそうだ。
結川くんなら作業着も似合うんだろうな。
「今日ママが来ててさ〜、これから一緒に食事すんの。つづりんは?」
「私もお父さん来てるけど、最後に学園を見て回ってから帰ろうかな」
「じゃあまたね〜。連絡する〜」
「またね、紗良ちゃん!」
初等部から通い続けた糸奈学園とお別れだから、さみしいなって気持ちもある。
だけどそれ以上に卒業できてよかった。
こうして今日を迎えられたのもお父さんが通わせてくれたから、あやくんが寄付金を払ってくれたからだ。
私は屋上庭園に訪れた。
本当はA組しか入れないけど、誰もいないしいいよね?
そろりと静かな屋上庭園に入り、ぐるりと庭園を一周する。
春の花が咲き始め、春の訪れを感じさせてくれた。
一番奥のデッキチェア、あそこであやくんと初めての……。
「つーづ」
「わっ」
デッキチェアから鮮やかなピンクが覗いた。
「あやくん! いたの?」
「むしろ俺に会いに来たと思ってたんだけど?」
「それは……」
確かにあやくんがいるかな? って期待してました。
「おいで」
両手を広げるあやくんに、おずおずと近づいていく。
途中でグイッと引っ張られ、あやくんの腕の中に閉じ込められた。
「つづ、卒業おめでとう」
「ありがとう」
私もぎゅうっと抱きしめ返した。
たまにこの屋上庭園でこっそり会ってたけど、ここで会うのは今日が最後なんだよなぁ。
学園ではほとんど会えないから、逢引きみたいでドキドキした。
みんなに隠れてイチャイチャするのはスリルがあった。
「ここでしたね。初めて」
ちょん、と唇に人差し指を当てられてぼぼぼっ! と顔が熱くなる。
「つづも同じこと考えてたんだ?」
「ち、違うよっ!」
「嘘ばっかり」
うう、私ってそんなに顔に出やすいの……?
最初は一日一回必ずキスして、なんて言われて戸惑った。
かわいい天使みたいなあやくんはどこに行っちゃったの? って思った。
でも今は、一回だけじゃ足りない。
無意識にあやくんの唇に目がいってしまう。
やだもう、私ってば!
これじゃヘンタイみたいだよ!
「つづ、キスしたい?」
「えっっ」
上ずった声出しちゃった……。
あやくんはニヤニヤとイジワルな笑みを浮かべてる。
絶対確信してる顔だ。
「キスしたいなら、つづからして」
「えええっ!?」
わ、私から!?!?
「いつも俺からしてるじゃん。つづからしてよ」
「えええ……」
「嫌?」
嫌じゃないけど……自分からしたことないからドキドキしちゃう……!
「いつも俺からばかりだと悲しいんだけど」
「うっ……」
たまに年下感出してくるとこ、ずるいと思う。
「わ、わかったから!」
「ほんと?」
「するから……目つむって」
あやくんは静かに目をつむる。
目をつむるとまつ毛の長さがより強調される。
本当にあやくんって綺麗なお顔だよね……。
思わず見惚れながら、おずおずとあやくんの顔を自分の顔を寄せる。
距離が縮まる度に心臓の音が大きくなる。
あやくんに聞こえてませんように……!
「……あやくん、大好き」
そうささやいてから、ゆっくりと唇を重ねた。
触れ合うだけでドキドキして、心臓の音が止まらなくて。
多分数秒とかでパッと離してしまった。
「きゃっ」
離れたと思ったら、すぐにまたぎゅうっと抱きしめられる。
「ずるくない?」
「え?」
「さっきの、ずるい」
どれのことだろう??
私から言わせるとあやくんの方がずるいのだけど。
ちょっとだけ顔を覗き見たら、あやくんの頬がちょっぴり赤かった。
「つづ……」
「あっ! そういえば!!」
「……今?」
急に思い出した!
あやくんに言わなきゃいけないことがあったんだ!
「あのね、私卒業したじゃない?」
「そうだね」
「無事に卒業できたの、あやくんのおかげだよ。改めてお礼言いたくて」
「そんなん今更いいよ」
「ううん、ありがとう。それからね、やっぱり寄付金は少しずつ返すね」
色々考えたけど、やっぱり一千万円なんて払ってもらえる額じゃない。
ちゃんと返していきたいと思った。
「いいよ、俺が勝手にやったことなんだから」
「でも、私の気持ちが収まらないというか」
「じゃあ、欲しいものあるからそれちょうだい」
「欲しいもの?」
そう言うとあやくんは何やらポケットからあるものを取り出す。
私の左手を取ると、薬指にそれをはめた。
「えっ……」
「ここ、予約させて」
薬指に光るのは、ダイヤモンドが輝くリングだった。
鈍い私でもそれが何を意味するのかわかる。
「つづが欲しい。つづの未来も全部俺にくれる?」
「っ、うん……!」
嬉しくて思わず涙があふれ出た。