「―あ」

だけどさっきから気になっていることがあって、一瞬歩みを止めた。

「泣きたいなら、俺がいなくなってから泣きなよ。授業中は誰も来ないから」

他人の失恋現場を見たのなんて初めてだから、なんて言葉をかけたらいいのかわからないけど、思い切ってそう言ってみた。

「は? 何言ってんの?」

でも椎名さんは、意味がわからないというように言葉を返してきた。

もしかしたら、自分では気づいてないのか。

「さっきから泣きそうな顔してる」

「……え?」

その言葉に明らかに動揺している椎名さん。

きっと、そんなことを言われるとは思っていなかったんだろう。

彼氏の前でも俺の前でも平然とした態度を装っていたけど。

俺には必死に泣きたいのを我慢しているように見えたんだ。

戸惑っている椎名さんを残して、俺は教室へ向かった。

きっと、椎名さんはあの場所でひとり泣いているんだろう。

結局、5時間目が終わっても椎名さんは教室に戻ってこなかった。