〜 次の日 〜


澄美「 おはよう。 」


中学の時は、クラスの人達に挨拶をしても、遠慮がちに返されていた。


友莉亜たちとは仲良くなれたが、他の人達とは喋っていない。


返事は、返ってくるのだろうか。


「 おはよ〜 」 「 おはよう。霧島さんー 」「 おっは〜 」


昨日はまだどことなく距離があった。


でも、今日は挨拶を返してくれて、


雫「 ほらな!霧島、いいやつだろ! 」


あぁ、雫くんが皆に言ってくれたんだ。


優しいなぁ…。


友莉亜「 澄美!今日は塾は? 」


友莉亜がこちらに駆け寄ってきた。


澄美「 ないよ。 」


昨日は塾だったが、私が塾に行っているのは週に2回。


それ以外はほとんど家で勉強している。


友莉亜「 新学期始まったばっかりだけど、後1ヶ月くらいでテストがあるでしょう?一緒に勉強しましょう! 」


知久馬「 さんせーい!! 」


と、知久馬くんがのっかかって言ってきた。


基本的勉強は一人で集中してするタイプだが、


苺「 私もいいかな? 」


苺までが来ると言い出し、いよいよ断りづらくなってきた。


澄美「 …わかった。 」


友莉亜「 おーい!今日澄美たちと勉強会するんだけど、雪音と太陽も来なさいよ! 」


教室の真ん中のところで二人で話していた雫くんと氷くんに友莉亜が声をかけた。


いやいや、雫くんが来たら私勉強に集中できないよ。


雫「 お〜!霧島、勉強教えるのうまいんだぜ! 」


雫くん、受験前に勉強やばいって言って、私に勉強教えてくれって泣きながら頼んできたの、懐かしいなぁ


氷「 …僕はいいや。 」


どことなくいつもより顔が曇っている。


なにか、嫌なことでもあったのだろうか。


まぁ、なんにしろ私があまり踏み込むような問題ではないだろう。


友莉亜「 わかったわ。じゃあ放課後駅前のカフェで勉強しましょう。 」


カフェ…??


カフェで勉強ができるの??





〜 放課後 〜


友莉亜「 ここよ。私のおすすめのカフェ。コーヒーとパンケーキがとっても美味しいの。 」


友莉亜が目を若干キラつかせながら、ワクワクして言っていた。





澄美「 言っておくけど、勉強しにきたんだよ。 」


友莉亜「 うっ、わかってるわよ。 」


…絶対言ってなかったらパンケーキ食べてキャッキャして帰るだけだった。


知久馬「 じゃあ飲み物だけ注文して席に座って勉強しよ〜 」


知久馬くん…


意外と真面目…。


席に荷物をおいて、皆で飲み物を注文しに行った。


知久馬「 バナナオレで! 」


苺「 あ、じゃあ、メロンソーダで。 」


友莉亜「 いちごオレで。 」


雫「 俺コーラでおなしゃす!霧島は?? 」


私は…


あ、たしかさっき友莉亜ここのお店はコーヒーが美味しいって言ってたな。


澄美「 …アイスコーヒー、ホットで。 」


私がそう言うと、店員さんはキョトンとした顔をした。


店員「 …はい? 」


あれ、聞こえなかったのかな。


澄美「 アイスコーヒー、ホットで。 」


もう一度そう言っても店員さんの頭の上にはハテナが浮かんでいた。


友莉亜「 …あんた、アイスコーヒーのホットって結局どっちなのよ。 」


…?


澄美「 どっちでもないからアイスコーヒーのホットなんじゃん。 」


友莉亜「 はぁ、 」


と、ため息をつかれた。


なんで????


まぁなんやかんやで勉強会が始まった


のだが…


真面目にやっているのは雫くんと苺だけ。


知久馬くんは寝始めたし、


友莉亜は


友莉亜「 苺に澄美あんたらめっちゃ盛れるわね、この写真インスタに上げて良い?? 」 


いんすた??


もれる???


宇宙人語を使っている。


澄美「 ここはこうだから、こうなるの。 」


真面目に説明を聞いてくれている雫くん。


うなずきながら説明を聞く苺。


二人は真面目だな…


雫「 やっぱ霧島の説明はわかりやすいな! 」


苺「 ですね! 」


ひまわりのような笑みを浮かべる二人。


その横から、さっきまでスマホをいじっていた友莉亜が入ってきた。


友莉亜「 あんたらすごい親しげなのになんでお互い名字呼びなわけ? 」


そういえば、


公園でもずっとお互いのことを名字で呼んでいたし、下の名前で呼んだことはないかもしれない。


雫「 たしかにな!じゃあ澄美って呼ぶな!俺のことは太陽って呼んで! 」


太陽…


暖かい笑顔の彼にピッタリの素敵な名前。









雫「 じゃあ今日はそろそろこの辺でお開きにすっかー! 」


あれからなんやかんやで2時間ほど勉強し、現在の時刻は6時半。


外ももう暗くなり始めていた。


友莉亜「 そうね。帰りましょうか。 」


知久馬「 久しぶりにこんなに勉強したよ〜 」


…知久馬くんほとんど寝てたよね。


澄美「 じゃ、ばいばい。 」


カフェの前でそれぞれの帰路についた。


澄美「 今日は楽しかったな。 」


帰り道、暗い道で一人、そうつぶやいた。


ポツ…


雨が降り始めてきた。


傘、持ってきておいて良かった。


もうすぐで家につくというとき、


ふと右側の公園の方に目をやると、何やら見覚えのある人がベンチに座っていた。


澄美「 …氷くん? 」


公園のベンチに座っていたのは傘もささずにTシャツをずぶ濡れにした氷くんだった。


氷「 …霧島 」


こんなところで何をしてるの?


と、聞こうとしたがやめた。


聞かれたくないことだってある。


私もそうだから。


だから氷くんの横に座って何も言わずに傘に入れてあげた。


澄美「 …風邪、引くよ。 」


氷くんのいつもの血色の良い唇は雨に濡れた寒さで若干紫に変色していて、体もこころなしか少し震えていた。


氷「 …いいよ。いっそ、このまま消えたい。 」


消えたいだなんて、


澄美「 消えたいだなんて、言わないでよ… 」


氷くんは目を若干見開いていた。


私が今どんな顔をしているかはわからないけど、


声が震えてる、


消えたいなんて、言わないで。


氷「 …なんで、 僕が今ここにいるかとか、聞かないわけ? 」





澄美「 …うん。聞かない 」


ふぅん、と興味のなさそうな返事をしてきたけれど、


こころなしかホッとしたような表情だった。


その時、


「 雪音!!!! 」


と、男性の怒鳴り声がした、


氷「 …父さん。 」


と、氷くんが少し顔を強張らせて言った。


嫌そうだ。氷くん。


「 …さぁ、家に帰ろう。 」


グイッ、と


氷くんのお父さんが氷くんの腕を乱雑に掴み、引っ張った。


氷「 …っ、 」


このまま、見るだけでいいのだろうか。


こんなとき、雫くんならどうする?


わからない。


人の家庭の事情に首を突っ込むのは良くないと思う。よく思ないと思うけど、


グイッ


澄美「 逃げよう!氷くん! 」


彼がこのままお父さんといっしょにいたら、彼は壊れてしまうかもしれない。


今だけでも、今だけでも私が助けてあげたい。


澄美「 何があったのかは知らないし、聞かないけど、嫌なことからは逃げちゃおう! 」


そう言うと、氷くんはいつも無表情なかおをふっ、とほころばせた。


氷「 …ありがとう。 」


それからは、走った。


走った


走った


とにかく走った


澄美「 はぁ、流石にここまではもう来ないんじゃない? 」


氷「 っ、ふふっ 」


隣で氷くんがいきなり肩を震わせて笑い始めた。


え”、何…


怖…。


氷「 あんた、すごすぎ。父さん目の前にして逃げようって言うなんて 」


くくくっ、と笑いを漏らしながら話している。


ゲラ…?


澄美「 …君が、嫌そうだったから。 」


氷くんがお父さんに腕を掴まれて家に連れて帰られそうになった時、嫌そうに顔をしかめていたから。


きっと、今私がすべきことはあのまま氷くんがお父さんに家に連れて帰られるのを見ているのではなく、


氷くんを逃がしてあげることだと思ったから。


氷「 …それに、消えたいなんて言わないでって、言ってくれてありがとう。 」


澄美「 …え? 」


氷「 僕は基本的感情が表に出ないし、あんまり喋らないから、誰も仲良くしてくれなかったし、お母さんも僕のことを嫌ってた。僕の

   
   ことを必要としてくれる人なんて、いないと思ってた。でも、さっき君が僕を連れて引っ張っていってくれて、 」


『 ― 眩しいと思った。 』


眩しい…?


私が?


…なんて反応したら良いんだろう


澄美「 …雨、やんだね。 」


雨上がりの空気は少しジメジメしていて気持ち悪かった。


でもオレンジ色の空には虹がかかっていて、とても幻想的な景色だった。


そろそろ帰って勉強しようかな。


横を見ると、氷くんは目を伏せていた。


帰りたくないんだろうな。


澄美「 …落ち着くまで私の家に来る? 」


そして、現在。


氷くんと私は霧島家の前にいる。


澄美「 入って。今日はお母さん仕事で帰ってこれなくなるそうだから。 」 


最近お母さんの弁護士事務所は依頼者が増えて、事務所のエース弁護士であるお母さんは最近頻繁に休みの日にも呼び出されるようにな


った。


そして必然的に家に一人でいる時間が増えた。


だから誰かが家に一緒にいてくれるのは、寂しくなくていいなぁ…


氷「 …そんなホイホイ男を家に連れ込むなよ… 」


…??


澄美「 何か飲む? 確か緑茶が好きなんだっけ。 」


氷「 あ、覚えててくれたんだ。 」


ふわっと微笑む氷くん。


氷くんって、こんなに表情豊かだったっけ…


澄美「 まぁ。 」


コト…と丁寧にグラスを机の上に置く。


澄美「 … 」


氷 「 … 」


沈黙が続く。


そういえばそんなに私は氷くんと話したことがなかったっけ。


何を話せば良いんだろう。


会話会話会話会話会話…


氷「 さっきも言ったけど、僕無表情で無口だから家族にも気味悪がられて嫌われてるんだ。 」 


無理しているのだろうか。普段全く笑わないくせに自虐気味に笑ってみせた。


澄美「 … 」


氷「 父さんは僕に段々苛ついた時に手をあげてくるようになったんだ。 」


笑っている。


君は、私と一緒なのかもしれない。


辛い時、笑っていれば、自分の心の中のほんとうの表情がわからなくなるから、笑う。


でもね、君の笑顔は下手だよ。


辛いから笑ってる。


それなのに、誰かに助けてもらいたい。そんな笑顔をしてる。


私は、


澄美「 私はそんな笑顔、見たくない。 」


そんなに、今にも壊れてしまいそうな笑顔。


見たくない。


氷「 …え。 」


氷くんは驚いたように目を見開いた。


澄美「 君の笑顔は全然笑えてない。氷くんは、今なんで笑ってるの? 」


彼の笑顔はどんな笑顔なんだろう。


自嘲?


君は、本当に、


澄美「 君は、本当に心の底から笑えてるの? 」


氷「 …笑えてないよ。 」


彼は、苦しそうに、重々しく言った。


氷「 でもさっき、霧島が僕を連れて逃げてくれた時、あの時はきっと本当に心の底から笑えたんだ。 」


…私が連れ出したことで、彼はさっき笑えた?


私が、誰かの役に立ったの?


氷「 だから、ありがとう。 」


さっきの無理をしているような笑顔ではない。


心の底から、優しく笑っている笑顔。


この笑顔は偽りではない。


そうであったら良いのに