んなものだろう。
『自分で会社に言うから大丈夫。ありがとう』
『わかった!体調はどう?』
『もう大丈夫』
『何時くらいに帰ってくる?』
『さっき実家に着いたところ!悪いけど仕事の道具と私の私物実家に送ってくれる?』
 なんで?って思った。
『私、新潟で生きてく』
『なんで?』
『実家最高』
 教科書に載っていいんじゃないかってくらい説得力のある四文字だった。
 悔しいけど、僕も実家が最高なのを知ってるから、何も言い返せなかった。でも、とにかく声を聞きたい。そう思って電話をかけたけど、ツーコールで切られた。もう一度かけたらワンコールで切れた。次かけたら繋がらなくなってしまいそうで、スマホをテーブルの上の台本の横に置いた。
僕が、ハネちゃんが東京で生きていける居場所を全部取り上げてしまったのかもしれないということにやっと気が付いた。
 車で四時間の距離。帰るなら新幹線か。往復チケット今年は一枚買えばいいのか。それまでハネちゃんに会えないのか。あと二カ月。十一月の末くらいから年末年始の休みのために、業界全体が予定ぎっしりになる。アフレコの収録も、ラジオの収録も撮り溜めないといけないからだ。日帰りで新潟に行く隙がない。水戸くんはカノジョに会うためなら車を飛ばして二日に一回は添い寝しに行くって言ってたけど、新潟は無理だ。
 落ち着け。新潟だ。国内だ。なんとかなる。どうにかできる。
 ただの遠距離恋愛。婚姻届けだって書いた。あとはハネちゃんのタイミングでいい。僕も実は結婚してました声優になったっていい。
別れたいって言われたけど、まだ別れてないよな?
 僕はフラれたけど、まだ恋人同士だよな?
 明日のOVAアニメのアフレコ台本を開いた。
 声優になったら、ハネちゃんは僕のこと、もっと好きになってくれるって思ってた。
でも、全然違った。僕がキャリアを積むほど彼女が遠ざかって行くような気がした。それでもキャリアを積まないと結婚できない業界だって理解もしている。
声優の僕を好きでいてほしい。認めて欲しい。受け入れて欲しい。別れたくない。
まだハネちゃんのカレシでいたい。