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 鬱病。
 うつ病のなおし方。
 うつ病の傾向。
 統合失調症。
 双極性障害。
 ADHD。
 大人の発達障害。
 食欲不振。
 睡眠障害。
 アルコール依存症。
 死にたい。
 楽な死に方。
 迷惑かけないで死ぬ方法。

 スマホの検索履歴が、病んでいく。

 深夜四時。いや、早朝の四時か、眠くならない。
 細切れにしか睡眠がとれない。
 早く精神科か心療内科に行く必要がある。わかっているけど、行きたくない。
 最近はお風呂にも入っていなかった。入るのが凄く面倒で、冬であんまり汗もかかないからと、サボっている。不健康以前に、私は不潔だ。だから、余計に誰も会いたくない。週に一回、フミアニのカフェに母と、お客として行くのが精一杯だった。
 真っ白な生クリームパフェを週に一度、食べれると元気がでる気がするからだ。だけど、今日はフミアニの様子が違った。
「なんか食べたいものあるか?」
 フミアニにそう訊かれて、母が「なんかお米とかパンとかそういうのない?この子、家でもほとんど食べれなくて」
「任してください。料理にだけは自信があるから」
 優しいフミアニの声が、どことなく文哉の声に似ていて、勝手に寂しくなって、勝手に落ち込んだ。
 今夜の二十二時からは文哉と水戸くんの『水戸錬太と千代文哉の毎度スぺシャルラジオ』通称マイスぺがはじまる。
 毎週水曜日に欠かさずリアタイで聴いているけど、天然でボケる文哉に、キレのある水戸錬太のツッコミが売りのトークラジオで二年目だけど人気故に、トークイベントもやってるし、もう三回は公開収録もしている。公開収録には全部行けたけど、トークイベントには仕事をどうしても休めなくて、行けなかった。
 けど、今思えば仕事なんて休んじゃえばよかった。そもそもサービス休日出勤だったし、あんなに一生懸命働いたけど、お金には一銭にもなっていなかったのだ。
 働き方を間違えていた。今それに気が付いたところで手遅れだけど。
「はーい。梅としらすのおかか茶漬けです」
 父さんのお茶碗くらいのサイズの小丼ぶりに、柔らかく刻まれた梅とおかかがいっぱいかかって、お茶が小丼ぶりの半分くらいまでつがれた、素朴だけど美味しそうなお茶づけを、フミアニは出してくれた。
けど「……きれない」よ。
「ん?」
「食べきれない。美味しそうだけど、こんなに食べきれない」
 母は「残ったら私が食べてあげるから、食べれる分だけでも食べなさい」と言った。
「……うん」
「ごめんな。今度はもっと小さな器で作るよ」
 フミアニはカウンターから手を伸ばし私の頭にそっと手を置いた。
 私に兄弟はいないけど、フミアニはやっぱり私のお兄さんだと思った。頼りになって、ガタイもよくて、顔も整っているし、声も文哉にどことなく似ている。でも文哉はお兄ちゃんじゃない。恋人だった。
 文哉と結婚したらフミアニは私の本当のお兄さんになるはずだった人だけど、酔った私の服を下着になるまで脱がした前科がある。
 あの時、私が拒絶しなければ、フミアニはどこまで本気だったのだろう。
 お茶漬けは多分凄く美味しいんだと思う。けど、美味しさに喜びを感じない。ふやけて膨張していくお米は、間違いなく新潟産を使っているだろうけど、私にはわからなかった。
「食欲、なかなか戻らないな。それに、ちゃんと寝られてるか?」
 私は正直に首を振った。嘘をついたって仕方がない。
「ハネママ。俺でよければ病院連れて行くけど」
「あたしたちも病院については何回も行こうって言ってるけど、嫌がるのよ」
「なんで?」
 フミアニは私の頭に置いた手で私の髪の毛を混ぜるように撫でた。
「だって、病院に行ったら、病名がついちゃうじゃん」
「病名って……風邪かインフルかコロナなのかわからないで市販の薬だけで治そうとするのは難しいと思うぜ?もう自力じゃ治せない所まで来てるって」
 そうなのだろう。でも、知りたくないものは知りたくない。鬱病にもたくさん種類があることを、眠れない時に検索しまくったおかげで、変な知識をつけてしまっていた。
 文哉のことを普通じゃないと私は言ってしまった。
 だけど、本当に普通じゃないのは私だったと改めて知りたくないと思っていた。
「俺の友達に、スクールカウンセラーやってる人がいるんだけど紹介しようか?」
 母が期待した顔で『そうさせてもらう?』と言いたげに、私を見つめてきた。けど、私は首を横に振った。
「もうちょっとで治るから大丈夫だよ」
 自力でなんとかできる。そう思っていた。
 新しい仕事を見つけて、生きる環境を変えれば、変われると思っていた。
「心配かけてごめんね。でも、ちゃんと前の私に戻れると思うから、もう少し待って」
 母もフミアニも、この時は何も言わないでくれた。心の底から心配してくれているのだろう。わかっていたけど、無視して自分一人でなんとかしようと思っていた。
 なんとかなるって甘く考えていた。
 私は、スズッキーさんみたいに歯科助手の求人も探していた。
 大丈夫。普通に戻れる。私は文哉と比べたら普通なんだから。
 だけど、資格のいらない歯科助手の面接は想像以上に悲惨だった。
「一応志望動機きかせてくれる?」
「えっと、私、歯科技工士として東京で二年程働いていたのですが、やっぱり地元の新潟で働いて生きていたいと思いまして、もちろん募集が歯科助手なのはわかっているんですが、歯科技工士の知識を使って、もっと多くの人と、面と向かって仕事をしてきたいなと思って応募させていただきました」
「ああ。そう」
 院長であり歯科医の四十代のおじさんは、私にニコリともしなかった。
 ずっと不満そうに私の履歴書を見て溜息をついている。

 私の何が悪いんだろう。

「うちも患者が多いから、人手多いに越したことはないんだけど、車で通勤されるとなると、駐車場がね」
 そっか、別に私本体が悪いんじゃないんだ。
「それに、歯科技工士の経験じゃなくて、歯科衛生士か助手の経験者を募集してたんだよね」
「ああ、はい。すみません」
 ってことは求人サイトに載ってた歯科助手未経験者歓迎って嘘じゃん。
 この人の下でうまく働ける気がしない。合否の連絡の電話が二日後に来たけど、出もしなかった。
 そして、この面接をしてから、私は求人サイトを見なくなった。
 私の中で、鬱病かもしれないから病院に行くか、なんとかしてお金を稼がないといけないとニートになってしまういう恐怖の二つの選択しかなかったけど、どっちも選びたくなかった。
 家にいたい。部屋にいたい。ベッドの中にいたい。文哉に会いたい。けど、今のままの私で、会いたくない。
 どうしたらいいんだろう。こんなに悲しい気持ちなのに、涙が出てこないなんて変だ。
 消えたい。死にたい。誰にも迷惑かけたくない。どうしたらいいんだろう。本当に、何をどうしたら解決できるんだろう。
 結婚、したかった。文哉の嫁は私だと、ずっと思ってきた。だけど、文哉が信じられない程のスピードで声優になっていって、私は邪魔な存在だと自分で決めつけて、文哉を突き放した。
 結婚しない。そう言った。なのに、まだ文哉の書いてくれた婚姻届けは文哉が初めて表紙になった声優雑誌に挟んである。捨てることも出来ないくせに、文哉はまだ私にメッセージを送ってくる。写真だけ送ってくることもある。
 何も返す言葉が見つからなくて、既読スルーしてしまいそうになるけど、文脈関係なく毎回同じOKのスタンプを送っている。
 でも、十回に一回『東京でまた一緒に暮らそう♪』とか『籍入れよう!』とか送られてきて、危うくOKで返しそうになり、焦る。でも、本当は嬉しかった。けど、そういう時は文哉が実家に送ってくれる文哉が関係した仕事のアニメグッズを部屋に飾っているところを写真にとって送り返すことにしている。
 もっと突き放すべきなのかもしれない。もっと拒絶するべきだと思う。でも、予想していた以上に、難しかった。文哉をこれ以上傷つけたくなくて、曖昧に相槌を打ち続けるのも、結局は傷つける結果になってしまうかもしれないのに、私は、文哉から離れていくのを待ちながら実は必死に引き延ばしている。
 死刑執行されるのを待ちながらも、そんな日来ないで欲しいと願っているような気分だった。
 今の私には、完璧なことが一つもない。誇れるものも何もない。
 三日に一回くらい文哉から電話がかかって来るけど、怖くて出られない。
 今日くらいに電話がかかってきそうな気がしていた。でも、夜になってもかかってこなかった。
 部屋がコンコンとノックされて、勝手に扉が開いたと思ったら、フミアニが六個セットの缶チューハイを持って現れた。
「飲むぞ」
「うん」
 私はベッドの淵に腰掛け、フミアニはマフラーを取って、ジャンバーを脱ぐと、勝手に私の勉強机の椅子に掛けて、ストーブの前に座った。
「今日はまいったよ。文哉、俺のせいで今、炎上してるじゃん?」
「炎上?なんで?」
「ネットニュースになってるけど、見てないのか?」
「SNSの気分じゃなくて」
「なんだよ。じゃあ、言わなきゃよかった」
「ううん。知っておきたい」
 すると、フミアニがネットニュースのリンクを私のスマホに送ってくれた。
「うわー。フミアニ大変じゃん」
 見出しだけ読んで、そう声に出ていた。
「他人事みたいに言いやがって。ってか、その女何者なの?」
「米田アイコ。高校の時の同級生で、文哉のことずっと好きだったみたい。で、今は東京で地下アイドルやってる」
「いや、俺も調べたからそれくらいは知ってるんだけど、何?ハネと仲悪いの?」
「逆に仲いいと思う?」
 ニュースのタイトルは『アイドルグループ、ノノノンカのグリーン担当米田アイコさん里帰りで、声優千代文哉の兄のお店でのんびり過ごす』だった。
 自撮りしたであろう、米田アイコとイチゴショートケーキパフェと一緒に、カウンターで後を向いているフミアニが写り込んでいた。
「俺の店は客の年齢層バラバラだったけど、彼女やたら東京かぶれな服装とメイクだったから、地元に帰って来たタイプか、ファンのどっちかだなぁとは思ってたけど、まさか文哉狙いの客とは思わなかったわぁ。だってさ、文哉狙いの客はだいたい、礼儀正しいっていうか、文哉の演じたキャラのグッズとか文哉のアクリルスタンドとかと写真撮ってるし、あと、ファンの人は『文哉スペシャル』注文していくからさぁ」
 確かに、フミアニのお店には『文哉スペシャル』という裏メニューが存在する。けど、それはメニュー表には書かれていないので、注文する時に「文哉スペシャル」と言わないといけないので、フミアニはただの客なのか、文哉の兄を見に来た客なのかを分ける習慣をつけている。
 フミアニは『文哉スペシャル』を注文された時だけ、文哉の声真似をして接客する。ちょっとだけズルいけど、ファンのお客は大喜びしているのを、私は知っている。
 私は、フミアニが持ってきた缶チューハイを一本開けで、半分までゴクゴク飲んだ。
「恋敵いるなら言えよぉ」
「言ったら出禁にしてくれるの?」
「それは……出来ないけどぉ」
 拗ねた顔をしながら、フミアニも缶チューハイを飲みはじめた。
 いつか、なにかされるとは思っていたけど、まさかフミアニを使われるなんて思わなかった。
「でも、会計の時に、意味深に『明日も来ます』って言ってったんだよなぁ。本当に明日来るのかなぁ……店、休業にしちゃおうかなぁ」
「その方がいいかもね。なんか企んでたら文哉に迷惑がいくし、実際今、迷惑かかってるわけだし」
「で、どうする?」
「どうするって?」
「どうやって戦う?」
「戦う?」
「だって、ハネは文哉のカノジョだろ?」
「どうなんだろう。この前、結婚しないってはっきり言っちゃったし、文哉に他の好きな人が出来たら、もう連絡とか来なくなるだろうし、会いたいなんて思われなくなるはずだし」
 フミアニはテーブルの上に肘を置き、頬杖をついた。
「本当にそう思ってるのか?」
「だって、きっと、そうなるよ」
「俺は、そうならないと思うけどな」
「どうして?」
 今日の酎ハイはアルコール5%で、全然酔いが回ってこない。
「この米田さん?って人が文哉と付き合ってる感をこんなに出してきたんだぜ?兄の俺のことまで使って」
「だから?」
「文哉が黙ってると思うか?」
 体中の毛穴が開いたような冷たくて嫌な汗をかいた。
「多分『俺にはずっと好きな人がいます』とか『結婚を考えている女性が別にいます』とかどっかで言っちゃうんじゃね?」
 それはまずい。それは、ま・ず・い。それは、ダメだ。絶対、ダメだ。
 握っていたスマホが怒ってるみたいに震えだした。
 文哉からの電話だった。
 私は迷うことなく、その電話に出た。
「もしもし?」
『あ、もしもしハネちゃん?ネットニュースとか、その、米田アイコと俺が付き合ってるかもってデタラメ記事読んだ?』
「今、フミアニが見せてくれたよ」
『本当になんにもないからね!全然ってか、そもそも高校の時もだけど一度も連絡とってないし、プライベートのSNSのアカウントも教えてないし、本当に東京でも会ったことないからね!』
 耳がキンキンする。声優なのに声の調節も出来ない程、文哉は焦って喋っていた。
「わかってるよ。今フミアニと一緒だけど、あの女、明日もカフェに来るって言われたから、明日はお店定休日にしてくれるって」
『兄ちゃんと今一緒にいるの?』
「うん」
『どこで?』
「私の部屋だけど?」
『なんで?おかしくない?』
「え、別に普通じゃない?」
『だって、もうすぐ終電の時間だよ?なんでこんな時間に一緒にいるの?』
「普通に、宅飲みってか、米田アイコのことわざわざ教えに来てくれたし」
『……おかしくない?え、新潟帰ってから兄ちゃんとそんな距離感なの?』
 酔っ払ってる間に下着姿までにされたことを言ったら、フミアニが文哉にボコボコに殴られるか、文哉がビルから飛び降りるか、最悪の想像しか出てこなかった。
 下着にされたことは墓までもっていこうと決めた。
「別に、週に一回くらいだよ。私、今は、週休七日だし、することもないし、出来ることもないし、仕事見つかんないし、お酒やめられないし、昼夜逆転生活で、夜眠れないし、ご飯食べれないし、人として終わってるの」
 全部吐き出せば、何かが変わるだろうと、内心願っていた。
 この状況から抜け出したい。
 こんな私を好きでいないで欲しい。
『……だから?』
 凄く間抜けというか、意味が解らないと言った感じで、文哉はそう言った。
「だから……だからだよ」
 それ以上のいい答えが見つからなかった。
『だから嫌いになって欲しいとかそういうこと?無理だからね?そもそもハネちゃん俺と結婚しないってこの前言ったけどさ、じゃあ誰と結婚するの?俺以上に好きになれる人いるの?そんな奴がこの地球上にいるって信じてるの?』
 どこからくるんだこの自信は。
 私が、何を言い返そうか考えていた隙に、フミアニにスマホを取られた。
「案外、近くに敵はいるかもよ?」
『……ゆるさないよ。たとえ相手が兄ちゃんでも』
「決めるのは俺たちじゃない」
『―――――――――――――――――――――』
 文哉が何か言ったけど、フミアニの耳元にあるスマホからは言葉をうまく聞きとれなかった。
 電話は切れたようで、フミアニからスマホを返された時には、画面には通話終了と文字が出ていた。
「ねぇ、文哉、最後になんて言ってたの?」
「ん?ああ。気にすんな」
「いや、気になるって」
「文哉の気持ちにこたえる気がないなら、知らなくたっていいことだよ。そろそろ終電だって言われたし、帰るわ」
「いや、お酒飲んだから車無理でしょ。泊っていくんでしょ?雪降ってるし」
「そうだった。うっかり飲んじまった。客間借りるわ」
「一応母さんに泊まるって言ってから寝てね」
「あいよ」
「あとさ、明日、お店開けてよ」
「なんで?」
 文哉の声を、文哉の言葉を久々にきいて、私も一つ決意した。
「米田アイコと戦いたい」
「戦う?」
「うん」
 高校を卒業してから会ってなかったし、出来たら会いたくない。けど、文哉を狙ってフミアニを踏み台にして、ネットニュースにまで爆発した爆弾に、やられっぱなしは嫌だった。
 文哉が私を選ぶ限り、求めていてくれる限り、文哉の声優としてのキャリアに少しでも邪魔な者は、私が戦ってブッ潰す。
 自己診断だけど多分鬱病の私も、文哉にはふさわしくないことは重々承知しているけど、米田アイコだけはダメだ。
米田アイコを嫁にすると文哉が言ったら、ショックで死んでしまうかもしれない。
それくらい、米田アイコのことが、嫌いだ。ずっとどうでもいいって思うようにしよう、嫌いって程じゃないけど鬱陶しい人だなぁ、なんてもう自分の気持ちを偽るのはやめよう。
手に持っていた缶酎ハイを飲み干し、次の缶酎ハイをあけて息が苦しくなる所まで一気に飲んだ。
 大っ嫌いだ。私は、米田アイコが大っ嫌いだ。本当は大っ嫌いだったんだ。
 文哉の飲みかけのペットボトルを平気で呑んだり、ジャージを勝手に借りて着たり、体育祭の借り物競争で『好きな人』に文哉を選んでゴールしたのも、美術の時間に文哉の絵を描くからと、何枚も写真を撮って、それを待ち受けにしたり、大きく印刷してクリアファイルの表紙にしたり、勝手に借りた文哉の英語の教科書にポスカで大きくI  LOVE YOUと裏表紙に書いたことも、乞食のように毎日文哉のお弁当を勝手に食べたりしたのも、好きってアピールするくせに告白しないところも、ムカつくし、数えきれないほどの恨みがある。
 文哉は私に『俺以外の誰と結婚するの?』って言ってたけど、私も言いたい。『文哉は誰とでも結婚できると思うけど、米田アイコだけは違う』って言いたい。
 フミアニが帰った後、三本目の酎ハイに手を伸ばそうとしてやめた。
 母さんがリビングのテーブルに置きっぱなしの美顔ローラーをお風呂の脱衣所に置いてあるボディーオイルを持って、お酒で浮腫んだ顔と二の腕と脚にオイルでマッサージして、美顔ローラーで優しく体中をゴリゴリした。
 眉毛だけ整えたけど、すね毛も。腕の毛も、全然剃ってないけど、ココは新潟。そして今は冬。長袖長ズボンで乗り切って見せる。
 久しぶりに目覚ましをかけて眠った。起きたら半身浴してシャワーを浴びて、パックをして、化粧をして、フミアニのカフェでいつものを頼もう。出来たら米田アイコの前で「いつもの」と余裕たっぷりに言うんだ。
 格の差を見せつけてやりたい。
 けど、ベッドに入った途端、寝ようとしても眠れなかった。
 私は初めて、精神科か心療内科を検索していた。
 睡眠薬ときくと、一生起きれないような気がして怖かったけど、普通に考えて永眠させてくれる薬が処方されるわけがない。
 もし睡眠薬とか精神安定剤依存症になってしまったとしても、それが今の私なんだ。
 文哉のこと、本当は、好きだ。幸せになって欲しい。私と一緒にいることが幸せだって思ってくれていたら本当に嬉しい。
 だけど、自己診断でもわかる精神疾患の私が、文哉の隣を歩いて一生歩いていくには、今の私じゃ駄目だ。
 お相手の一般女性が、精神疾患もちなんて文哉のファンは誰も納得してくれない。
 たかが鬱病と鼻で笑えるほどの余裕はない。
 もう、私なんかどうだっていい。そう思うのに、米田アイコだけは野放しにしてほしくないって本気で思っていた。
 助けてくれる人は周りにたくさんいるのに、頼るのが申し訳ない。
 一人になりたくない。でも、一人になってしまいたい。どうしたらいいかわからない。誰か、正解を教えて。
 私が今できることはベッドに入って寝ることだけだった。でも、やっぱり寝られなくて、普段は飲まないお父さんのビールを冷蔵庫から漁り、四本飲んだら、やっと眠れた。
 こんなんじゃ駄目だ。でも、誰かに許してほしい。助けて欲しい。けど、一人でなんとかしないとって、焦りながらも、明日も今日と一緒な気がしていた。何も変われない気がするの。