「お前の嘆き、国や民を思う心は本物だろう。だから、我が兄弟のうち長兄の青竜がそなたを手伝う。そこらの魔獣は三日もあれば駆逐できる。なんとか、王都を立て直せ」
 ありがとうございます、と、アイズは王家の正式な礼を、思わずとっていた。
「善は急げ、兄の背に乗って王都へ戻れ」
 軍服の襟を掴んで青竜の背中へポイっと放り投げる。
「兄上、頼みましたよ!」
 青い竜が一つ頷き、舞い上がった。
 そしてアイズは、眼下に見た。領主の館に、立派な黒い馬車が乗り付けたところを。
「え? 皇国の紋章?」
 竜が、答えた。彼女は優れた魔導師なのだから大国が迎えに来て当然だ、と。
 そこまですごい聖女さまだったのか、と、驚くと同時に納得もしていた。
 彼女が統治するヒューズの村は、明らかに治安がよくなり作物の収穫量が上がっている。道や公共施設が整備され、近隣の村々との交易も始まっていた。
「我々は……とんでもないレディを追放してしまったのか……」
 アイズは、ぐいっと涙を拭いた。どこを取っても何人集まってもアリサの足元にも及ばないが、滅亡寸前の自分の国を守らねばならない。父や兄が役に立たないなら、自分がやればいい。
「アリサさまに恥ずかしくない国を、作ります」
「立派な決意だ、わたしが手伝おう」
「ありがとうございます」


 そのアイズが見た馬車は、アリサをアーデルライト皇国へ迎えるための馬車である。
「皇太子殿下、わざわざお迎えに来てくださったのですね。ありがとうございます」
「アリサ嬢、お美しい……そして魔力も、心地よい……すばらしい」
「お褒めに与り光栄です」
 皇太子と従者は、アリサたちに知られないよう、苦笑いしていた。
「殿下、アリサ嬢が殿下の美貌に驚かないのも、当然ですね……館の中、美男美女しかいません」
「ああ、俺は国一番の美形と言われていたが、ここでは並以下だな……」
「出発の用意いたしますので、少し、ソファーでお待ちください」
 
 ふわふわと飛び回る妖精たちを無数に従えたアリサは、ぱたぱたと駆けまわる。
 そしていつもは下ろしている銀色の髪を綺麗に結い上げ、新しいドレスを着ている。
 これは、隣国の皇太子がアリサの魔力に興味を持っていると知った領民と王都の大神官が、プレゼントしてくれたものだ。
 皇太子訪問の前日に届いたそれを見た使用人たちは大盛り上がり。
「でも皇太子殿下は、わたくしの魔力に興味がおありなのよ? 着飾る必要あるの?」
 あります、と大合唱。姿を見せていない妖精や従魔たちまで、叫んだようである。
「今更、という気もしない? 最初にお会いした時はその……襲撃してしまったのだし……」
「いいえ、男女の仲というものはどう転ぶかわからぬものです」
 と、家令が言えばメイド頭も「王国のことは気にせずともよい、励め、と、大神官さまからの言伝です」としれっという。
「そんな、わたくしと大国の皇太子殿下がどうこうなるわけ、ないでしょう! だいたい身分違いはなはだしいし、出会いは最悪よ」
 皇太子とアリサの出会いは最悪だった。
 皇太子が国境付近に仮小屋を建ててすぐ、アリサの元にその森にすむ妖精たちから連絡が入っていた。怪しい一団が、領地の様子を窺っている、と。
 領民に危害を加えるなら許せない、と、アリサは妖精たちに『怪しい一団』の見張りを頼んだ。
 ところが、三日たっても七日たっても彼らは動こうとしない。しかも、森へ入った木こりが見かけた兵士の紋章は、アーデルライトのものだという。
 これはいよいよ、領地を狙っているのだと確信したアリサは――魔獣たちを引き連れて『怪しい一団』を襲撃したのである。
 襲われた方は、驚いた。
 一人の美しい少女が、魔物を引き連れて乗り込んできたのだ。しかも『高級召喚獣』『高位従魔』と呼ばれるものをゾロゾロ引き連れている。
 さらに、村には鉄壁の守護魔法がかけてある。
「あなたたち、何者? 動かないで。魔法も武力も無駄よ、わたくしが制御してるわ。さぁ、身元を明らかにしなさい」
 彼女が紡いだ言葉はすべて、魔力が乗っていた。彼等の魔法はすべて抑え込まれ、武器の類も保護がかけられて使えなくなった。
 そのうえで、全員魔力で縛り上げられてしまったのだ。
 だが、不思議なことに、彼らはアリサの魔力に触れて恍惚、いや、魅了されてしまったかのようだった。
「おおお……なんと素晴らしい魔力……!」
「殿下、魔力計測器が計測不可能と表示しています」
「異常な魔力は、彼女一人の力だったのか……いやはや、恐ろしい……」
 変な人たちだわ、と判断してしまったアリサが、さっと手を挙げた。人間の兵隊に姿を変えた妖精たちが、どっと小屋に入ってくる。
「おおおお……殿下、この兵隊たち元の姿は四大元素の妖精たちです!」