彼は竜の姿でいるより人間の姿でいることの方が多く、アリサはどぎまぎすることが増えている。
「領主さまっ、次はどこいく?」
「あたし川の方に行きたいな! 魔力の匂いがするのーっ!」
 わいわいはしゃぐのは、勝手についてきた美少女二名。シルキー妖精である。
「じゃあ、川の視察にしましょう! 魔獣が出るかもしれないから……二人とも、気を付けてね」
 しかし、ピョンピョン飛びはねるシルキーのせいで、なかなか前に進まない。
「……ええい、じれったい。背に乗れ!」
 ぽん、と音がして、緋竜が姿を現した。わーいわーい、と二人が背中に飛び乗り、アリサもそれに続く。
「では、川に向けて出発!」
 上空から見る村は、まだまだ小さい。発展の余地は十分にある。
「あら? 山脈の向こうは……アーデルライト皇国なのね。旗が見えるわ」
 そうです、と竜が答える。なんでも、半年ほど前に戦があり、そこにあった国がアーデルライト皇国に吸収されてしまったらしい。
「……知らなかったわ……守りを固めておかないと不安ね。王都に手紙を書きましょう」
 王に知らせるか、騎士団に知らせるか。悩ましいが――ここは、元の持ち主である大神官宛でいいだろう。
「でも、こんな生活も悪くないわね!」
 と、すっかり満足しているアリサである。
「主さまの魔力、ちっとも減りませんね」
 と、シルキーの一人が言う。
「え? 魔力って減るものなの?」
 アリサは、新しい魔物に出会うと、まず、彼らを仲間にしてみる。そのため、アリサの召喚獣や従魔は夥しい数にのぼっている。アリサの周りに顕現しているのはごく一部にすぎない。
 そして、召喚獣や従魔は、人間の支配下に魔物をおくということだ。魔物と主を魔力の鎖でつなぐわけだが、そのぶん、魔物に魔力を吸われる。そのため、通常は多くて3体程度しか支配下には置けない。
「アリサ、きみはどうしてそんなに、魔力が無尽蔵なんだい?」
 と、竜が不思議がるが、アリサの方がそれを知りたいくらいである。
「不思議なレディだよ、きみは……」
 人型の妖精や召喚獣たちが、アリサの周りに常に群がる。それらがすべて、美男美女、妖艶な美女から屈強な紳士まで選り取り見取り、これも、アリサの魔力が高いから可能なことなのだ。本人はまったく自覚がないが、過去に例がないくらいの大魔導師と言って過言ではない。
「こんな魔力の塊、あの国が放っておくはずないし、聖女の守護を失った王都も大騒ぎだろうに……」
「竜さん、何か言った?」
「ん、いや? なんでもないよ」
 

 そのころ、竜の懸念したとおり、隣国のアーデルライト皇国と、アリサがいなくなった王都では大騒動になっていた。

「大変な数値だ……!」
「とんでもない魔物か、そうでなければ、強すぎる魔導師だぞ。王国にも我が国にも、そんな強い魔導師がいるとは聞いていない」
 世界有数の魔導師や研究員が集まるアーデルライト国立魔法研究所では、研究員たちが右往左往していた。
 王国との国境付近で、異常な魔力を検知したのだ。ヒューズ領には竜の巣があることは知られているが、古龍が一斉に目を覚ましてもこの数値にはならない。
 そこで、急遽探索部隊を編成することになった。
 ヒューズ領ぎりぎりに仮小屋を建てて、しばらく魔力の発生源を観察するのだ。
 その隊長は、自身もすぐれた魔導師である皇太子が自ら手を挙げた。漆黒の髪と紫紺の目は、優れた黒魔導師の証である。が、これからの時代は魔法だけでは戦いに勝てないと、剣術の鍛錬も怠らなかったため、優れた剣士でもある。
「我が国に有益なものならば、直ちに取り入れ、我が国に害を及ぼすと判断したら即座に取り除きます」
「皇太子、頼んだぞ」
 剣を抜いて国王に宣誓し、彼らは『未知の異常な魔力』へと接近を始めたのである。 

 そしてアリサを追い払った王都はといえば――。

「ソフィア、きみが聖女なんじゃないのか? 守護はどうした? 反逆者アリサの追跡はどうなった?」
 御前会議の場で、王子がソフィアに詰め寄っていた。現在、ソフィアは、後宮の一角に特別に贅を凝らした部屋を用意させ、自由気ままに過ごしていた。
 食べる物も身につける物も、これまでとは桁違いに豪華になっている。当然、神殿で奉仕活動をすることもなく、祈りを捧げて王都を守護することもない。
「あたしぃ、できませぇん」
「なっ、なぜだ! 聖女だったら聖女の役割を果たすべきだろう? まったく、アリサはもっとまじめだったぞ」
「そんなことよりぃ……あたしたちの結婚はいつですかぁ?」
 険しい顔をしていた王子だが、ソフィアが胸を押し付け体を摺り寄せ、甘ったるい声で囁いた瞬間、とろんとした目付きになった。
「国王陛下、我々の結婚を許してください」