「…、お待たせしてすみません。何度も、場所変更をしてしまって、」




 走り寄る私のことを、腕を組み繁々(しげしげ)と見詰めおろしにくる彼女に、
 何よりも先に。

 こちらの非を詫びて低頭する。


 すると、
 いちどパチクリ。瞬きをして口角だけを皮肉っぽく吊り上げた彼女は、

 「逃げるのかとおもっていたわ」なんて。



 冗談にも聞こえない不敵な言葉といっしょに、
 そう
 (わら)ってのけたものだから軽く目を(すが)め。

 つい、寄った眉間の皺にのせた感情に自覚しつつも、キュ。と唇をキツく引き結び
 なるべく平然を装う。


 そうして
 すこしの間を置いて『否』と切り返すと、




 「…。重ね重ね申し訳ないです」


 「あら、べつに謝らなくてもいいのよ。ちゃんと約束を守ってくれたんだから。
 ────…それとも、
 何かべつの方法で(かわ)そうとした。
 ってことなのかしら?」


 「いや、……いいえ」

 「そう、それならよかったわ。さ、乗ってちょうだい」

 「…、失礼します」



 開けられた後部座席の車内へと。

 意思とは反し渋々、足を乗せその身を仕舞っていく。


 黒クッション付きの、フカフカなシートに腰を下ろし。

 扉を閉められたと同時に反対側のほうから乗り込んでくるのは、彼女────船岡さんの姿。



 貴重な高級車の車内、

 …なんて舐めまわすようにじっくり、観察できる状況でも度胸もなく。


 ただゆらり、のらりくらりと。

 どこに連れていかれるかもわからないまま、私は緊張感と走行中の揺れに身を任せ。


 息を殺して到着するのを、
 ひたすら静かに。

 待つばかりだった────…。