「ハァ…。」
ため息が、白い息になって消える。
「もう、イヤだあぁぁぁーーっ!」
私の大声に、町行く人の視線がこっちを向いたが今はそんなことどうでもいい。

私は、望月音色(もちづきねいろ)。高校1年生。
現在、ピアノ教室の帰り道である。

最近、何もかもが上手くいかない。
親にすすめられて始めたピアノも、おととしまでは絶好調でコンクールで優勝するほどだったのに、今は賞ももらえないほどに腕が落ちた。
あんなに好きだったピアノも、大嫌いだ。
しかも2週間前に、ずっと好きだった幼なじみに告白してフラれた。しかも、それが告白されたときの態度ですかってほどに、あっさりと。

もう、イヤだなぁ。何もかも。
こんなことで悩んでいても仕方ない、とは分かっているけど、どうしても振りきれない。
私は、トボトボと、駅に足を踏み入れた。

その時だ。
私の目の前に、「特大ビッグメガ肉まん 販売中」という看板が目に入った。
私の目の前を、顔と同じくらいの肉まんを頬張りながら、幸せそうにほほえむ人が通りすぎる。
お腹が「ぐうぅー」と音を立てた。
その瞬間、私は考えることもせず、看板のところへ猛ダッシュ、そして、
「特大ビッグメガ肉まんひとつください!」
と叫んだ。
「はい、分かりました。250円になります。」
私はいそいそと300円を財布から出し、店員さんに手渡した。

そのとき、思い出してしまった。
私は電車で帰らなくてはならないことを。

財布の中身はゼロ。おつりを合わせても50円しかない。
つまり…
帰れないっ!

300円が、店員さんの手からレジへとすべり落ち、ジャラジャラとどこかに行くのを呆然と見ていた。
その後、「どうぞー!」とほほえむ店員さんの笑顔が、悪魔のほほえみにみえたのは事実だ。

私は肉まんを手にしたまま、駅で立ち尽くした。
50円じゃあ、バスにも、タクシーにさえ乗れない。
どうしたものか。
そのとき、どこからか声が聞こえた。
「おーい!望月音色ー!」
周りを見渡しても、私を呼んでいるような人はいない。
「ここだよ、ここ!」
「どこ?」
「下見てみろ!下!」
言われたとおり下を見ると、題名の書かれていない譜面が落ちていた。
拾い上げると、書き込みがたくさんされていて、大事に使われていたことが分かる。

「やっと気付いたか、望月音色。」
突如、譜面から声が聞こえた。
「ひえええええっ!」
私はその譜面を投げ捨て、外に走り出した。

何あれ何あれ!怪奇現象!?
譜面がしゃべるとかあり得ないし!

肉まんだけは落とさないように全力ではしる。
譜面がついてきていないことを確認して、ベンチに腰かけた。