「おい、作戦ってこれかよ。」

「いいからいいから。」

大都会東京の中心街にあるバー。

照明がついているのか、ついていないのかよく分からない薄暗い店内。

壁には、ワインがずらりと並べられている。

いわゆるおしゃれなバー。

「俺は、遊びに来たんじゃないんだよ。練習もまだあったのに、抜け出してきたんだぞ。」

「まぁまぁそう言わず!」

俺はジャンボに手を引っ張られ続ける。

「原さん、こっちで一緒に飲みましょ。」

見たことのない女が右手を上げ、こちらへと呼び寄せる。

店内を見渡せてみると、右にも左にもテレビで見たことのある人ばかりだった。

ジャンボは、普段こんなお店に出入りしているのか。

不思議で仕方がなくなった。

「おい、原。なんなんだよ、これ。」

私は、内心イライラしていた。

「池田さんを嫉妬させるんです。池田さんは、原さんが側にいることを当たり前に思いすぎてます。ここで原さんも彼女を作ったら、池田さんは、嫉妬するに決まってます。」

「そうかな?」

僕は、単純な人間だ。

そして池田が絡むと、なんでも行動してしまう。

そんなわかりやすい人間なんだ。

「そうです。恋愛は、そういうものなんです。よし、先輩、そうと決まったら遊びますよ?」

再び彼は、僕の手を引っ張る。

遠くにある女たちが待つテーブルに向かう途中、見覚えのある男が目の前を通った。

センター分けの前髪、すらっとした長身、手にはカメラを持っていた。

「あの男、どっかで見たことないか?」

「え?」

「あそこにいるカメラ持ってる奴だよ。」

「いや、見たことないですね。」

「そうか…」

僕は、見たことがあるような気がしたが、誰かまでは、分からなかった。

その男は、こちらをずっと見ていた。

「先輩!そんなことより女の子たちきてますよ!」

ジャンボが僕を席まで誘導した。

もう僕は、どうでも良かった。

なんとでもなれ。

そんな気持ちだった。

「自己紹介始めましょ!じゃあ私からします!原田さらです。女優やってます。」

「じゃあ、次私。モデルやってます!佐々木めいです。」

目の前にいる2人の女性は、原田さらさん、佐々木めいさんというらしい。

さすが芸能人。

オーラがすごかった。

そして当たり前だが、容姿端麗だった。

「さらちゃん、めいちゃん。よろしくね。僕がジャンボ。柔道選手してます。」

「…」

「と、隣にいるのが原先輩。同じく柔道選手です。」

ジャンボがそう言うと、視線は一気に僕に集中した。

「すごい!原さんってオリンピック2連覇してるんですよね。応援してます。握手してください。」

さらさんがそう言ってくれた。

社交辞令だろう。

僕は、自分の手を彼女に差し出し、要望に答えた。

僕は!全力の愛想笑いで対応した。

そんな私を見ためいさんが

「この子、柔道大好きで、原さんのこともずっと応援してたんですよ!」

と言った。

「そ、そうなんだ。」

「あ、ありがとうございます。」

「先輩!硬いですよ!」

僕は、慣れない場に緊張していた。

「原さんが大学生の時から応援してるんです。だから今日お会いできるの楽しみにしてて。」

彼女は、僕が思ってるよりも僕のファンでいてくれているらしい。

「そ、そうなんですね。ありがとうございます。」

「…」

こんな機会は滅多にない僕は、萎縮してしまっていた。

「すみません。先輩、シャイなんですよ。いつもこんな感じなので、気にしないでくださいね…」

ジャンボがすかさず、彼女たちにフォローを入れてくれた。

しばらく話した頃だろうか。

久しぶりの飲みの場。

オリンピックのためしばらくアルコールを我慢していた。

そのことが良くなかったんだろう。

僕は、飲みすぎてしまった。

「俺はさ、ずっと池田がすきなんだよ。なのにアイツはさ、加藤とか、婚活アプリとか、合コンとか行って、恋人ばっかり作ろうとするんだよ。」

いつも出てこない本音ばかりが僕の口から出てきてしまった。

「先輩!飲み過ぎですよ。」

僕は、ジャンボに抱えられる。

「帰りますよ。」

僕は、再びジャンボに連れられ、寮へと帰ったのだった。