最近先輩の様子がおかしい。

ずっと何かに取り付かれたように練習ばかりしている。

「先輩、どうしたんですかね?やっぱりまだ加藤さんのこと、好きなんですかね?」

女子更衣室でお菓子を食べながら、ふみちゃんが話し始めた。

こないだ加藤先輩とめぐみさんが一緒にいるところを見てから、先輩の様子が明らかにおかしい。

先輩はまだ加藤先輩のことを好きなのかもしれない。

あるいは引きずっているのかもしれない。

「それは、ないでしょ。16年も経ってるのに。」

そう。

先輩が加藤先輩と別れてからもう16年という月日が経っている。

オリンピックでいうと、3回だ。

でも、先輩にとってはそれほど衝撃的な出来事だったんだと思う。

初めて愛した人が浮気した現場を見てしまった。

誰でも経験しそうなことではあるが、トラウマになってしまう出来事でもある。

「意外なのは、加藤先輩は、池田先輩が浮気して別れたって言ってるらしいんですよ。」

「え?」

私は自分の耳を疑った。

ふみちゃんが衝撃的なことを言ったからだ。

加藤先輩が浮気をして別れたと先輩からは聞いていた。

だが、加藤先輩は池田先輩が浮気したと思っているそうだ。

先輩は、そんな器用な人間ではない。

もちろん、柔道においては、器用な人間だ。

だが、恋愛においては違う。

ふみちゃんの話によると、浮気現場を目撃した池田先輩が泣いてたところを原さんが慰め、ハグをしていた。

それを目撃した加藤先輩が池田先輩は、原先輩と浮気したって勘違いしたらしい。

「え、なんかややこしいなぁ。」

「ですよね。なんかややこしいんですよ。」

うん。

ややこしいことになっている。

「でも私思うんですけど、原先輩は、確実に池田先輩のことが好きですよね。」

最近この道場に入ったさゆみちゃんでもこのことに気づいているのだった。

「なんで?」

私はとぼけたふりをして聞いてみた。

「こないだも原先輩が池田先輩をハグしてたんですよ。道場の前で。」

「え?」

「その時も先輩泣いてました。」

「あの2人ってなんか昔から不思議な関係ですよね。恋人ではないけど、友達でもないようななんというか。」

そう。

先輩と原さんの関係は、特殊だ。

友達でもないし、恋人でもない。

であの2人の空間には、私たちでさえ、入り込めない。

私は、昔からずっと思っている。

先輩は、原さんと一緒になった方がいいって。

でも先輩は、加藤さんの件があってから、同業者を避けている。

先輩が幸せになるためには、加藤さんのトラウマを克服するしかない。

そう思った私は、次の作戦へと動き始めることにした。