「ははは。ははははは。さすが先輩。こんな時も婚活の宣伝すか?」

2つ下の大学時代からの後輩である佐久間みなみ。

柔道女子78kg超級の日本王者だ。

手におかきを持ちながら昨日の私のインタビューを見ている。

「もう、みなみいつまでその動画見てるの?何回目?」

「いやだって優勝インタビューで自分の婚活話する人なんています?」

彼女の笑いは、止まらない。

「仕方ないじゃん。今後の目標について聞かれたんだからさ。」

「いや、ああいうのは、これからの選手としての目標聞かれてるんっすよ。」

「そうだよね。分かってたよ?私も。でも引退することは、決めてたしさ、嘘つくのもあれじゃん?それに試合後で疲れててさ、頭真っ白だったんだよ。」

「まぁいいんですけどね。先輩らしくて。」

まだ笑っている。

「どんどんどんどんどん。」 

この足音は…

「池田!婚活頑張れよ。」

ジャンボだ。

彼がきたことは、足音ですぐにわかる。

彼は、100kg超級の選手。

いつも私をからかってくる後輩だ。

「ちょ、ジャンボまでやめてよ。」

「ははは。今めっちゃSNSで話題なってますよ」

そう言ってジャンボがスマホの画面を見せてくれた。

「ほら見てみろよ。池田婚活はじめます、世界トレンド1位。」

「え、はず。」

今にも消えたいというのは、こういう気持ちのことをいうのか。

今になって恥ずかしくなってきた。

「でも良かったじゃないですか。イケメンからDMいっぱいくるかもしれませんよ。」

「そうだよね。イケメンかぁ。」

私たちが空想の世界に浸っていると、

「お前ら、記者会見前なのに、分かりやすく浮かれてるなぁ。」

鬼のような形相で近づいてくる小柄な男性。

「か、監督。お疲れ様です。」

私たちは、一気に立ち上がる。

「そのマインド、うちの原にも分けて欲しいわ。」

監督は、ため息をつく。

「原さんがどうしたんですか?」

「アイツさ、昨日金メダル獲って試合終わったのに、もう今日朝からランニングして、練習もしてんだわ。」

「まぢすか。さすが、原さんっすね。」

原というのは、今回のオリンピックで金メダルを獲得し、2連覇を果たした絶対的エースだ。

彼は、いつ見ても、練習をしていることから、皆からは練習の鬼と呼ばれている。

「アイツもそろそろ柔道以外のことに目を向けてほしいんだけどなぁ。」

「そうっすね。原さんが柔道以外のことをしてるのを見たことないっす。」

監督にこんなことを言われてしまう程、練習の鬼なのだ。

「おい、見ろよ、あれ。」

監督が指さす方を見ると、部屋の端の方で技の練習をしている原。

言っておくが、ここは、記者会見場のホテルの控室の中だ。道場ではない。

「ほんとだ。さすが原さん。」

「ああいう男は、結婚相手にはしたくないね。」

「先輩、また婚活ですか?」

「ごめんごめん、つい。」

こんな時も婚活話になってしまう私は、婚活という虫に侵食されてしまっているのかもしれない。

「ではみなさん、まもなく記者会見始めます。ご準備の程、お願いします。」

綺麗なお姉さんの声が控室に響き渡り、私たちは、記者会見場へと移動した。