原の腕の中で泣きながら私はあることを思い出していた。

高校時代に失恋した時も、こうやって腹が私を抱きしめてくれて慰めてくれたこと。

16年ぶりに思い出した。

高校時代の私は、ひたすらに柔道に打ち込んでいた。

きゃああああああ。
ギャああああああ。

道場の外から女性たちの歓声が聞こえてくる。

「加藤先輩。大好きです。頑張ってください。」

「ありがとう。」

「加藤先輩、これ作ったので受け取ってください。お願いします。」

「いつもありがとう。」

2個上の加藤先輩。

掘り深いハリウッド俳優のような甘いマスクで学校の女性をトリコにしていた。

朝練には、先輩のファンたちが先輩へのプレゼントを用意し、練習を見守っていた。

これが柔道部の日常だった。

「きゃーーー。」

先輩がファンたちに手を振ると、感性が聞こえてくる。

まるで国民的アイドルかのようだった。

加藤がファンから貰った荷物を持ちながらこちらにやってくる。加藤が池田にタオルをかける。

「ゆい、また練習か?」

先輩がファンからもらった荷物を持ちながら、こちらにやってきた。

バサっ。

私の視界が真っ白になる。

先輩がタオルを私にかけてきて、頭を撫でる。

私は、先輩に頭を撫でられるのが好きだった。

私の顔思わず赤くなってしまった。

そんな恥ずかしさを隠すために、慌ててタオルを手に持ち替え、

「先輩、おす。お疲れ様っす。」

柔道式の挨拶をした。

「ゆいはいつも1番に来てるなぁ。えらいぞ。」

加藤が再び私の頭を撫でる。

私はテレでどうにかなってしまいそうだった。

「や、やめてください。」

「ごめん、ごめん。」 

「先輩!」

先輩にファンの子たちが話しかけてきた。

先輩が嫌な顔をした。

この先輩の顔は、私たち柔道部しか知らない顔だ。

ファンの女性たちは、先輩のこんなリアルな表情を見たことがないだろう。

そんなことを思ってしまうほど、この時の私は先輩のことが大好きだった。

「先輩、女の子たち、呼んでますよ。」

「ああ。」

先輩は、めんどくさそうな表情を浮かべた。

こんな表情も、柔道部のみんなに、先輩は見せない。

心底私は柔道部に入って良かったと思う。

「行かないとですよ。」

「ああ。」

先輩が女性たちの元へ行ってしまった。

私はそんな先輩の背中をいつまでも追い続けた。

先輩の広くて、男らしい、背中が大好きだった。

私は、高校時代加藤先輩のことが好きだったのだ。

他の部員たちが私を男性扱いしてくるのに対して、いつも先輩は、私を女性として接してくれていた。

そんな先輩のことが好きだったのだ。

だけど、先輩のことを好きな人は、私だけではなく、ほとんどの女子生徒が先輩のことを好きだったのだ。

だから私は、告白しようとか、付き合おうと思ったことなどなかった。

先輩と一緒に練習できているだけで幸せだったのだ。

なのに…私にあんなことが起きるなんて、この時は思ってもいなかったのだ。