秋になり、順調に売り上げを伸ばしていくアイスクリーム部門と家電部門。あれから便利な冷蔵庫や洗濯機などの噂は公爵家のメイド達の口コミで広がっていき、貴族たちに果ては王宮からの発注が相次いでいる。

「うわー!良い工房なのだーっ!」

「嬉しいのだっ!」

 トトとテテからの要望により、新しい工房を屋敷の近くに建てる。さすがに手狭になってきてしまった。儲けの一部を私に還元し、トトとテテにも儲けが入るように契約した。なので、やる気に満ちあふれていた。

「平民にも気軽に手に入るように作れるか、コストを抑えて性能は少し落ちてもいいから、研究していってほしいの」

 冷蔵庫の冷気を逃さない板はけっこうなお値段なのだ。トトとテテは素材を考えてみるのだ!と工房へ入っていく。
 皆が便利に快適に暮らせるようになると良いよねと思うが……

「はっ!温泉計画!……つい他の部門が好調すぎて」

 本来の計画が置き去りにならないようにしよう。ついお金に目がくらんだ!でも資金は必要だ。旅館を建てているからこそ頑張らないと!
 建設中の旅館を視察する。ついでに手伝う気満々で服装も軽装で来ている。

「またお嬢様いらしたんですか?そんな手伝わなくても大丈夫ですよ!手が汚れます!」

 ベントが心配する。骨組みは終わってきていて、壁を塗っている。私は下手なので、ペンキを運んだり、掃除したり、インテリアの配置などを考えたりしている。

「楽しみでじっとしていられないのよ」

「アハハ!うちの領主様は頼もしいよな」

「ほんとほんと!ここの仕事があるおかげで遠方まで出稼ぎに行かずに家族の傍にいられるって感謝してますぜー」

「アイスクリームの工場があるおかげで、家の娘を王都にやらずに済んでるぞ」

 温泉旅館スタッフも募集していて、研修期間中に入っている。『オモテナシ』の心……前世の母にみっちりと教えられたのが今、役に立つとは母も思いもしなかったであろう。

『まずお客様には来てくださってありがとうございますという気持ちを持つ。ご要望にはなるべく添うようにし、できませんとは最初から言わない!快適に我が家のように過ごして頂く。お客様の前へ出たら気配り心配りのアンテナをはりなさい。だけど声をお客様にかけすぎるのもだめよ。自分の思いを押し付けないようにするのよ』

 あの頃はめんどくさーと思ったが、経営側になり大人になると、いかにそれが必要で大切なのかわかる。もう少し真面目に聞いておけば良かった。うろ覚えだ。
 しかし、さすがと言えるが、メイド長はすぐに覚えた。よく考えたらメイドさんたちはその道のプロである。
 ……私も負けないよう良いところ見習いながら頑張りたい。
 
 私は温泉開店までの商品開発にも勤しんでいる。庭師のトーマスのところへと行く。
 庭のみでは足りなくなるので、屋敷の外にも農園とハーブ園、薬草園を作っていて、トーマスが管理者として働く人たちに手入れの仕方を教えている最中だった。

「あ、ごめんね。忙しいところ」

「いえいえ!お嬢様どうされました?ハーブや薬草などですか?」

「うん。ラベンダー、カモミール、ミントが欲しいわ。石鹸や化粧水を作ってるの」

「わかりました!」

 お風呂にサービスとして置いておこうと考えている。女性客にきっと喜ばれる。オイルの種類によって効能も違うから試験品作りに忙しい。自分で試したり、メイド達に頼んだりしている。

 そもそも最初に思いついたのはメイドさん達の手が荒れていたので、ハーブのハンドクリームを作ってプレゼントしたのが始まりだった。アイスクリームの素材探しをしていて、養蜂場へ行くと蜜蝋があったので買ってきたのだ。
 私の手もいい感じに潤っている。肌も化粧水効果有りなのか夜ふかしすることもあるのに調子はバツグンだ。
 とは言うものの、ジョシコーセーの頃の方が化粧には興味を持っていた気がする。手抜きかな……とやや思えるほどだ。周りがお嬢様!日焼けしないように!朝は温かいタオルを顔に当ててください!保湿忘れてますよ!と細々してくれるから、つい甘えてしまってる。髪にオイルをつけてくれる手入れまで……エステ行ってる感じだわ。時にはサボりたくなるが許されず、寝ながらされていたこともある。有り難い反面、お嬢様は大変だ。

 ハサミで丁寧にハーブを切っていく。トーマスはニコニコしながら言う。

「メイド達が喜んでいましたよ。ハーブのお礼に飲み物などの差し入れを暑い日に持ってきてくれて、庭師たちも助かりました」

「そう。良かったわ。私もなかなか楽しく作らせてもらってるのよ」

 実は楽しい。いろんな効能を考えて調合していくのが面白くて、ついつい夢中になっている。
 私の部屋がハーブの香りだらけになったので、今は専用の部屋を設けている。リヴィオが毎日、ハーブ臭いぞ!と文句を言うのだ。男性用には香りを控えめにしたものの方が良いなと思い、貴重な意見として受け止めておいた。無香料の製品もいるなぁ。そろそろ化粧品部門も立ち上げる時かな。

 お腹が空いていたので、ハーブ園のバジルも貰う。お昼はピザかパスタがいいな。コック長のところへ次は急ぐ。

「コック長、こないだお願いしていたことだけど……」

 コック長は肉にクルクルと糸を巻き付けて煮豚を作っていたところだった。

「料理人の紹介ですね?」

「そうそう。誰か良い人いたかしら?」

「実は…不肖の息子が王都でレストランをしていまして。王宮の料理人として働いていた経歴もあります。息子が私の歳を心配し、帰ってきたいと言っております。一度、料理を食べていただき、腕と人柄を見てほしいのです」

「なるほどー!良いわよ。面接しましょう」

「ありがとうございます!」

 王宮料理人ならば間違いないとは思うが、人柄も大事だ。旅館の料理人となれば仲居さんともうまくやっていけるかどうか?
 前世の父は旅館の料理人だった。無口だけど優しい人で他の料理人たちからも好かれていた。仕事は丁寧で繊細で確かな腕前で、季節ごとの綺麗な盛り付けは忘れられない。

「や……やっと捕まえたぞ……」

 ゼーゼーハーハー息を荒げながらリヴィオが現れた。

「どうしたの?」

「おまえ、移動が早すぎるだろ!?」

 どうやら探してくれていたらしい。

「何かと思いついて動いちゃうというか……あ!そうだわ。アイスクリーム食べに行きましょうよ」

 銭湯で販売しているアイスクリームは喫茶店のようになっていて、繁盛している。

『♪サンサン、サニー!サンサンサンサンデー!♪サニーサンデー!』
 
「なっ!?何だこの音楽!?どこから!?」

 アイスクリーム売り場に流れる軽快な音楽。

「どうかしら?『サニーサンデー』アイスクリーム屋のテーマソングよ!」

「うお!やけに耳に残る!!」

 リヴィオがいい反応をしてくれる。CMとは得てしてそんなものである。インパクト十分のようだ。

「トトとテテに音楽を録音して流せる道具を作ってもらったのよ!」

「いつの間にそんなもん…」

 私はクッキーアンドチョコのコーンアイスを片手に持つ。リヴィオは抹茶のカップを持つ。
温泉に入りに行く人とすれ違う。アイスクリームの方が注目はされているが、銭湯の方も領民や旅の人たちに愛されつつある。
 
「これ、食べてみる?」

 アイスクリームの後、売店で生玉子を買う。リヴィオは首を傾げた。

「これ??」

 温泉の前に作った小さい泉。『熱湯注意!温泉玉子を作ってみよう』の貼り紙の前に数名のおばちゃんと子どもたちがキャッキャ言ってる。
 
「ふふふ。玉子をこうしてお湯につけておくと!」

 私も泉の中へ白い玉子を沈めた。しばらくボンヤリとして待つ。リヴィオは何か変化あるのか?とたまに覗きに行く。
 私はそろそろかな?とお皿とスプーン、塩を持ってきた。パカッと割るとトロリとした玉子が出てくる。リヴィオに渡す。

「うまいっ!!」

「玉子はこの辺りで養鶏している人からで、この塩もナシュレの海辺で採れたやつよ。素材だけの味だけど美味しいわよね」

 白ご飯食べたーい!と思いつつ温泉玉子を味わう。

「なるほど…温泉のお湯で玉子が茹でられるのか」

 感心するリヴィオ。
 しばらく休憩がてらのんびりしたので、本日の予定のメインを果たすことにする。

「さて、そろそろ資金が必要になってきたから、この鍵を使うときがきたわ」

 旅館建設、人材育成などでかなり使っている。アイスクリームと家電で資金を賄っているが、まだまだである。

「そういや、金庫の鍵とか言ってたな?なんで開けなかった?場所を知っているのか?」

「予想つくわ。私への遺産を渡すとしたら……私がお祖父様なら……」

 屋敷の中へ入る。私が最近いつも使っている執務室を通り過ぎる。
 いくつもの部屋の扉があるが、開けた扉は私がここで滞在する時に使っていた部屋だ。

「ここか?」

「ここが私の部屋なのよ。執務室の方が便利だから居るんだけど、本当はここよ」

 使用していないため綺麗に掃除してくれてあるままだ。天蓋付きのベット、暖炉、大きいクローゼット、化粧台、小さなテーブルと椅子が二脚、ふかふかの絨毯、大きい窓からは光が十分に差し込む。
 祖父は私がここで快適に過ごせるようにしてくれたものばかりだ。……亡くなって悲しくて、この部屋にいると思い出してしまうから来たくなかった。私を唯一可愛がってくれた。

「で、どこにあるんだ?」

 しんみりしている私の空気を破ってリヴィオは探している。興味津々だ。ほんとに性格まで好奇心旺盛な『黒猫』だわー。やれやれと私は肩をすくめる。

「祖父は面白い人でね、この屋敷で私と小さい頃から宝探しと言って遊んでたのよ。実はこの部屋だけじゃないのよ。こんな仕掛けはね!」

 私の手が小さい絵画に伸びる。絵画の縁に手を触れて右に2回。左に3回。カチカチと傾げるとカチリと音がする。

「おおっ!」

 絵画の下の壁がパカッと開く。中に黒い金庫。鍵を入れるとカチリと開く。

「……おい。また金庫だぞ」

「番号いれるやつね。私の亡くなった母の誕生日ね。もう誰も覚えていないだろうけど」

 カチッと音がして開いた。

「すげー……」

 リヴィオが絶句した。金庫の中には大量のお金と共に最高級とも言えそうな金色に輝く金、大きい宝石が無造作に詰め込まれていた。お祖父様らしく、めんどくさい感じにグチャっと入れてあるのが少し笑えた。

「最初からわかっていたのか?」

「お金とか宝石とかあるってことを?」

「ああ……」

「どうかなぁ。でもお祖父様は私よりも頭が良かったし、先を見通せる力があったから、きっと私に必要な物が入っている気がしたのよ……私がこうやって何かを始めることもわかってたのかもしれない」

 バシュレ家の本宅から逃げてきた。いや、呪縛から解き放たれて一人で私が何かをやってみようとする時が来ることを願っていたのか?

 私とリヴィオは宝石や金、お金を綺麗に整理した。最後に一通の手紙が出てきた。

『セイラへ』  

「お祖父様の筆跡だわ」

 慌てて、開いてみる。

『この手紙を開いたということは、今、きっと自由になり生きようとしていることだと思う。優しいセイラのことだから、きっと遺産をもらっても、何かお祖父様がさせたがってるのではないか?お祖父様のしたかったことはなんだろうか?などという推測をしていると思うが、それは違う。この地でおまえが考え、好きなようにしろ。望みはそれだけだ。おまえを笑わせたかった。願わくばやりたいことをみつけ、セイラ、おまえ自身のためにしろ。人生は楽しい!笑って生きろ!』

 シン……と静まる室内に私の涙がパタパタと落ちる。

「良いじいさんだな」

 そうリヴィオが言った。私は頷く。この手紙が一番嬉しい遺産だった。