とうとう完成した!街の中に銭湯が出現した!小躍りしたい衝動を抑える。
 
 ありがとう!と感謝を伝えるとニヤリと笑って冗談っぽくベントが言う。

「やっとお嬢様の圧から解放されます」

「ごめんね。すごく素敵だわー!」

 私は謝りつつも浮かれる声音は隠せなかった。

 出来立ての室内は新しい木の香りがする。

 私はさっそく用意しておいた物を取り出した。

 玄関には『湯』お風呂の入口に『男湯』『女湯』の暖簾をかける。これを、つけるとグッと銭湯らしくなった。

「それなんの文字だ?呪文か?」

「ち、ちがうわよ!男女で入口が違いますよっていう看板みたいものよ……まったく風流さをわかってないんだから」

 リヴィオの発言に言い返したが、もう少しわかりやすい絵とかにしなきゃだめかな。ついこだわってしまった。

 ……反省。改善点だ。メモをとる。

 冷蔵庫には牛乳、コーヒー牛乳、レモン水、お茶、フルーツジュースをセット。喫茶コーナーにはアイスクリーム屋さん。アイスの種類はイチゴ、バナナ、バニラ、チョコ、抹茶のとりあえず5種。販売係のメイドさんが立ってくれている。

 お風呂をみればタイルの貼られた床。壁は木材の部分とタイルの部分を作る。木の薫りを漂わせたいので木にもこだわった。そしてシャワーがいくつかある。小型の椅子と洗面器。

 本当は遊び心で、洗面器を黄色くし、ケロ○ンと書きたくなったが我慢した。富士山の絵も我慢した。

 あまりにも謎すぎて不気味になるだろうから……。

 なめらかな石のお風呂に中へ龍の口から出た源泉が流れて込んでいる。フワフワと室内は湯気で白い。

 とうとうここまで!!感動している私を傍目にリヴィオが入ってみたいかもと言う。

「入ってみましょうよ!」 

 リヴィオの両手を握ってキラキラと私は目を輝かせた。モニター第一号ゲット。

「あ、ああ……え?一緒にか!?」

「あのねぇ……男湯と女湯があるでしょ。まぁ、混浴露天風呂とか言うのもあるけど、ここの世界には馴染まないわね」

「おどろかせんなっ!」

 驚きすぎてリヴィオの金色の目が見開かれていた。

 ちゃんと色分けしてある暖簾が飾ってあるでしょーと肩をすくめる。でも確かに習慣づくまではわからないよね。番頭さんをおいて、説明をその都度してもらおう。

 トトとテテも誘って、私は女湯。
 庭師のトーマスとベントさんとリヴィオが男湯に入る。
 
『うわーい!』

 バシャバシャと泳ぎだす二人。やめなさい!お湯がかかるーっ!と私が言うが聞かずに楽しんでいる。あるあるだ。

 ニホンでも広いお風呂で泳ぎたいという衝動に駆られる人はいた。したくなるのが、わからなくもない。

 しかし私はゆったり入る派だよ……。

「ふー!これはなかなか!」

「いいねー」

「悪くない」

 男湯からも声が聞こえる。好評のようだ。あちらはのんびりと入ってるようだわ。

 ホワホワと立ちのぼる湯気に幸せな気持ちになる。
 
「のぼせるのだー」

「暑くなったのだー」

「温泉ではしゃぐからでしょー!」
 
 早いけど、仕方がない。双子と一緒に喫茶コーナーでマッタリ過ごすことにする。

「うわ!お風呂の後のアイスクリームは格別なのだ」

「イチゴ味が好きなのだー!」

 アイスクリームがかなり気に入ってるようで、3個目に突入している。私は冷蔵庫からコーヒー牛乳を出し、懐かしい味を堪能している。腰に手を当てて飲む。

 最高すぎる!最高の一杯だわー!

 そのうちリヴィオ達も合流し、ゴロゴロと敷物をひいた部屋でくつろぐ。雑誌や新聞を広げているトーマスは完全にニホンの親父だ。

「これは思っていた以上でしたよ!疲れがとれす。仕事の後に毎日通いたくなりますよ!」

 庭師のトーマスは首をグルグル回して言う。筋肉が解れたのだろう。

 この世界の温泉はニホンと少し違う効能というか某ゲームなどで出てくる『回復の泉』のようなものに近い気がする効果が顕著に現れる。飲んでも体に効きそう。

「こんな癒やされたのは久しぶりだなぁ」

 ベントさんも毒気を抜かれたように穏やかな顔をしている。

 リヴィオはメイド達が卒倒しそうなくらいの風呂上がりの色気を漂わせつつ、濡れた黒髪から雫がポタポタ滴らせてきた。タオルで拭きつつ現れた。ドライヤー置いてあったでしょーが!なぜ使わない!?

 ……いや、使い方わからないのかな。これはイラストか何かで表示しよう。……改善点に再びメモメモ。

「人の顔見て何、メモしてんだ?」

「すごく良いモニターさん達だわ。オープンに向けての参考になるわ」

「これ、庶民ウケはするだろうなぁ。だが、貴族には向かないな」

 そうねと私は同意し、頷く。ここはあくまでも近隣の方達の物だ。

 ベントに次の建築物のプランを渡す。

「ええーっ!また仕事ですか?いや、嬉しい悲鳴ですがね」

「これは、そんなに急がなくていいわ。来年の春までにできたら良いなぁと言う感じよ」

 要望を書き留めた紙を眺めて、了解ですと言う。

「これは……まぁ、何をするのか出来てからのお楽しみにしときますよ!」

 頼むわよと言うと私は袋からガサゴソと制服を出す。白と青の爽やかなメイド服。

「これはアイスクリーム屋さん担当の制服よ」

 ガサゴソともう一つ出す。えんじ色の法被。背中に湯と一文字いれてある。私が羽織るとテテとトトも来てみたい!と着用してみる。

「お嬢様……なんです?その格好は?変な服ですね」

「これが温泉スタッフの制服よ!」

 トーマスがヘェ!と驚いている。

「世間の流行りですかね?この形??」

 違うけど、私の自己満足です。ごめんなさいど心の中で謝る。

「けっこうカワイイのだー」

 アイスクリーム屋さんの制服よりトトとテテはこちらの法被のほうが気に入ったようだ。

 ……けっこうお客さんにインパクト与えられると……メモメモ。

「あっついなー」

 服をパタパタとするリヴィオ。販売係のメイドさん達がキャーキャー言ってるよ。

 お風呂上がりは確かに暑いわね。扇風機とか団扇とか必須ね。

「ねぇねぇ。トトとテテ、扇風機作って欲しいわ。お風呂から上がってきたら、体にあてて、クールダウンさせるのよ」

 こんな感じなのよと書いて渡す。クーラーも夏に向けて作ろう。

 トトとテテが図面に食いつく。

「セイラの発想が面白すぎるのだ」

「なんでこんなに湧いてくるのだ?」

「えっ!!いや……なんか生活に必要かなあ?って思うものを考えてるだけよ」

 にっこり笑ってごまかす。

 前世とか言ったら、変な人扱いされそうで言えないのだった。

 しばらくして銭湯はオープンした。領民達はちょっとしたイベントのようで、楽しんでくれている。

「今日も農作業で疲れたから癒やされにきたよー」

「領主様が体のことを考えてくださるとはほんとにありがたい」

「この風呂に入ると足の痛みが和らいでねぇ」

「大きいお風呂スキー!」

 老若男女になかなか好評だ。

 しかしだ!銭湯よりも注目されてしまったのが……。

「今日も食べちゃお」

「買いに来ちゃったぁ」 

 甘い者は乙女心をくすぐる。女子の胃袋を掴んでしまったアイスクリーム達。

「私はチョコとバニラのダブルで!」

「いやー!太る!!けどおいしい!」

「街のお店とかであったら、もっと食べれるのにぃ」

 私はとうとう彼女たちの熱い思いに負け、『サニーサンデー』という店名までつけて店を広げることとなったのだ。

 カップにはカワイイ太陽を模したライオンちゃん。『命名・サニー』だ!

 サニーちゃんの着ぐるみも作り、お祭り会場では棒タイプのアイスと個包装のカップアイスを売り出してみた。

 子どもには『サニーサンデー』と書いた風船をサービス!着ぐるみサニーちゃんが子どもたちに風船を手渡していく。

「サニーちゃーん!ミルクアイス一つください」  

「ママ!あたしサニーちゃんと握手したーい!」

 サニーちゃんはすでに子どもたちの人気者だ。

 厨房での製造は間に合わなくなったので、小さいがアイスクリーム工場も作った。今夏はかなり売れるだろう。

 ニヤリと笑いながら、私は頭の中で計算した。完全にお嬢様から商人になってると自覚しつつ……。

「王都のウィンダムにも出店したいと思います!」

 パチパチパチと拍手が沸き起こる。私のプレゼンテーションが始まる。

 メンバーはいつも一緒だけど。

「まずアイスはカップからコーンとクレープタイプにも展開。王都ウィンディアの人たちは流行に敏感だけど飽きやすいのでいろんなパターンで飽きられないようにするわ。アイスもクッキーやナッツも入れてみる……ミルクティー味もいいわね」

 執事のクロウが手を挙げる。

「アイスクリームは冷たいので冬になると売れなくなると思いますが……」

 私はウンウンと頷く。

「良いところに気づいてくれたわ!そのとおりよ。……なので、私は営業にいってきます。貴族の奥様方はお茶会が好きよ。ティータイムにテイクアウトして持ち込めたら……どうかしら?なかなか城下町へ出て食べることもできないでしょうし、夜会やパーティ用のデザートとしてもいけると思うのよ」

『なるほど―!!』

 一同がハモる。トトとテテもいまだ私の屋敷に住んでいる。むしろ工房ごと移動した感じだ。そのうち屋敷の近くに工房を作っても良いかもしれない。

 リヴィオがふと気づく。少し顔を曇らせる。

「ウィンディアへ行くってことか?貴族の社交界に出るのか?」

「まぁ…あんまり顔出したくないから、出席するところは厳選していくわ。お茶会のお誘いはもういくつもきてるのよ」

 クロウが選出はお任せください!という。

「リヴィオ、行きにくいなら、ナシュレにいなさいな」

「いや、ついていく」
 
 難色を示したが一緒に来てくれるらしい。
 
「どちらかというと銭湯よりアイスクリーム屋さんの方が流行ってしまったわね」

 私は少し考えて、腕組みする。まぁ、アイスクリームがなにかのきっかけにもなるかもしれない。焦らずいってみよう。

「王都にどこか別宅借りれないかしら?」

 バシュレ家の本宅には行きたくない。近寄りたくない。身の危険すら感じる。

「おい。オレの家にくるか?」

 リヴィオには私と家族のゴタゴタしたところを見ていたので、察したようだ。

「えーと……リヴィオの家って公爵家よね?敷居高すぎよ」

「そうか?別にいーだろ?宿代わりに使ってくれて構わない」

 公爵家を宿代わりとか言うお坊ちゃんのリヴィオ。

 トトとテテ以外が『公爵家ーー!?』と声をあげた。そういえばクロウにも使用人たちにも……誰にも言ってなかった。

「あ、言い忘れていたけど、彼はリヴィオ=カムパネルラ。カムパネルラ公爵様の三男坊よ」

「お嬢様!!普通は忘れないでしょう!?遅いですよ!」

 クロウが失礼いたしましたと慌ててお辞儀している。ざわつくメイドと使用人達。

「ぜーんぜんお坊ちゃんにみえないのだ」

 トトが笑っている。テテが付け足す。

「我々は幼い頃から学園で一緒に育ってるから、身分とか忘れちゃうのだ」

「公爵家ならお前んとこの家も手出しできないだろう。良い提案じゃないのか?」

 リヴィオがそう言う。確かにそのとおり。私は頷いて深々とお辞儀したのだった。

「じゃあ、迷惑おかけするけど、お願いします」